赤い取調室

       作・広島友好




   ○登場人物
    猟師
    警部
    刑事
    娘
    娘の母
    娘の祖母




※注…セリフ終わりの「/」の記号は、次のセリフによって断ち切られることを表します。(作者)





   [猟師の取調べ]
   そこは狭い取調室。
   二人の取調官(中年の警部と若い刑事)が小声で打ち合わせをしている。

刑事 もう少しでオチますよ、警部。
警部 それともまた長い一日か……。ともかくきみは、ヤツをぎゅうぎゅう絞り上げてくれ。そのあとわしが優しく……ふふふ。
刑事 はい、わかりました。ぎゅうぎゅうと――絞り上げます――(猟師に)おい、おまえがやったんだろ。男を殺したんだろ!

   取調官たちは一人の男(猟師)を取り調べている。取調官たちは執拗に、正義感を強く持って。
   猟師はかたくなに否認し続けている。しかし疲労の色は濃い。

猟師 オレゃやってません! 刑事さん。犯人はオレじゃない。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがいます。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがう。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがうったら。

   刑事、問い詰めながら猟師の鼻をはじく、耳をつねる、脛を蹴る。

刑事 おまえがやった。
猟師 ちがう。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがいます。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがうちがう。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがうって言ってるだろ。
刑事 おまえがやった。
猟師 ち・が・う。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがうっ。
刑事 おまえがやった。
猟師 ちがうったらよォ。
刑事 (イラ立ち、机を叩く)いい加減白状したらどうだっ。犯人はおまえ以外にないんだ。
警部 まあまあ……。(若い刑事をなだめる…振り)
猟師 だれかと相談させて下さい。弁護士と。
刑事 ダメだ。そうはいかない。
猟師 なぜ?
刑事 おまえが犯人だからだ。認めないからだ。
猟師 だからちがうって。――いったい今何時ですか。
刑事 十時だ。
猟師 十時……朝の? 夜の?
刑事 さあな。(ニヤリと笑みを漏らす)
猟師 あれから……オレゃ何日ここに?
刑事 さあな。(頭の中で勾留日数を数える)三日、七日、十日……
猟師 ――ここからオレを出してくれぇっ。

   刑事は猟師の訴えを無視する。

刑事 いいか、おまえは人を殺したんだ。
猟師 やってません。
刑事 黙って聞け。おまえは人を殺し、死体を川に捨てた。殺人、並びに死体遺棄だ。それも男の腹に石を詰め込んでな。寝ている男を刺し殺し、川に捨てたんだ。現場のばあさんの家のベッドは血に染まってたよ。
猟師 ……。(首を横に振る)
刑事 ここにいるのは当たり前なんだ。な。白状すれば楽になる。おまえ以外に犯人はいないんだから。(強い確信)
猟師 そんな。
刑事 (半ばあきれたように)またきょうも長い一日にしたいのか。

   短い間。

猟師 第一発見者に過ぎないんですオレゃ。川であの男が倒れているのを見つけただけなんだ。
刑事 ウソつくな。恨みを持ってただろ、あの男に。恨みを持ってたことはわかってるんだ。
猟師 そりゃ、あいつは森を荒らすならず者ですよ。オレたち猟師仲間はみんな困ってた。だからって……
刑事 だから、殺した。
猟師 ちがう!
刑事 おまえがやったんだろ。
猟師 ちがいます。
刑事 正直に言ってみろ、正直に。

   間。

猟師 ……わかりました、正直に言います。最後まで聞いて下さい。……あの日は朝からいい天気でした。鹿狩りに森へ出かけていたオレゃ、猟の最中、のどが 渇いて川へ降りていった。そこでオレゃ川岸にうつぶして死んでる男を見つけたんだ。腹には石が詰め込まれてた。オレゃその男が、森に住んでるあの男だとす ぐに気づきました。
刑事 ポケットに金と宝石が入ってたのは?
猟師 そりゃ知らない。
刑事 フン……(またウソをついている)
猟師 オレゃ胸騒ぎがして、近くの森のばあさまの家へ向かった。家に近づくとばあさまのうめき声が聞こえてきた。悪い予感が当たったとオレゃ思った。中に 入ると、ベッドにばあさまの孫娘が気を失って倒れてた。ばあさまは縄で縛られて、部屋の物置に入れられてた。オレゃすぐにその二人を助けたんだ。そして警 察に、旦那方に連絡した。これがすべてです。オレゃ人なんて殺しちゃいない。
刑事 (机を叩く)ふざけるなっ。証拠は挙がってるんだ。
猟師 ウソだ。そりゃでっち上げだ。
刑事 いいか。凶器からおまえの指紋が出てるんだよ。動かぬ証拠だよ。(鼻をはじく)オラ、オラ。おまえが凶器で男の腹を裂いて殺したんだよ。
猟師 ウソだ。ウソだ。
刑事 ウソじゃない。みんなおまえがやったんだよ。
猟師 ……。

   短い間。

刑事 猟師仲間にも話を聞いて回るが、それでもいいのか? 迷惑かかるぞ。
猟師 やめて、やめてくれ。関係ないだろ仲間には。
刑事 一人残らず聞いて回るからな。おまえと男との関係。おまえの過去の言動。交友関係。洗いざらい、シラミつぶしにな。
猟師 そんな。
刑事 おまえの親戚にも調べを入れんといかんだろうな。
猟師 なにを? なにを? 関係ないだろよぉ。
刑事 それはこっちが決めることだ。
猟師 やめてくれ。やめて、やめてくれ。

   外から鑑定結果を知らせて来る。

警部 ん? 出たか、鑑定結果が。(書類を受け取り、見て)一致したぞ。きみのチョッキに付いてた血が、死んだ男の血と一致した。
猟師 まさか! 第一なんでオレの服に血が。
刑事 そりゃおまえがあの男を殺したからだよ。返り血が付いたんだよ、服に。
猟師 ウソだ。ウソだ。
刑事 いい加減にしろ! 証拠はすべてそろったんだ! 観念しろ!

   ……警部、刑事を制して。

警部 ひょっとして、忘れてるんじゃないかなァ。
猟師 え?
警部 人ってのは時として、ショックな出来事を、都合の悪い出来事を、忘れてしまうことがあるんだな。おもしろいことに、脳が勝手にそういう風に働いてし まうんだよ。ショックなことをしでかすと、自動的に、脳が、自分を守るんだよ。だから、自分のやったことを、忘れてるだけなんじゃないかな。
猟師 忘れてる……
警部 やったのに、忘れてるんだよ、きみは――。

   間。

警部 (老猫のような優しい声音で)なぁ、わしは心配してるんだよ、きみを。これ以上否認を続けると罪が重くなるだけだよ。ん? ん?
猟師 ……。
警部 相手は問題の多かった男だ。事情は考慮される。
猟師 ……。
警部 うまくやれば正当防衛ってことにならんこともない。男には前科もあるからな。
猟師 ……。
警部 もっとも、正義は尽くされねばならんがな。

   さらに警部は優しい声を出す。

警部 わしはね、きみの親父さんをよぅく知っている。
猟師 親父を――ですか?
警部 何度か話を聞きに行ったことがあるんだよ、昔昔にね。(笑いを漏らす)……ふふ、子どもの頃から、土地の人に昔話や民話を聞いたりするのが好きなもんでね、われながら変な趣味だが。ふふ。
猟師 ……。
警部 立派な人だった。猟師の鑑だ。腕も一流なら、人柄も朴訥として、なにかこう品があった。……今のきみの姿を見たらどう思うだろうねぇ。泣いておられるだろうな、天国で。
猟師 ……。(唇をぐっと噛む)
警部 こんな状況に置かれているだけでもあれだぞ、情けなくはないか。親父さんに申しわけなくはないか。ん? 早く素直になってケリつけようや。ん?
猟師 (思わず涙がにじみ出る)
警部 さ、楽になれ。きみがやったんだろ? ん? 認めれば楽になれるんだから。な。何日もここに閉じ込められてつらかっただろぅ。
猟師 ……。(心の砦が崩れかけてゆく……)
警部 証拠もそろって、逃れようはないんだから。な。
猟師 ――。
警部 天国の親父さんも泣いて悲しんでるよ。これ以上みじめな姿をさらしちゃいかん。ん?
猟師 (嗚咽漏らす)
警部 (さらに畳みかけて)親父さんはわかってる、すべてお見通しだよ。それが親ってもんだよ。なにをしたとしても、親父さんはきみを赦してくれる。ん? ん? どうだ――?

   沈黙。
   猟師の嗚咽が響く。猟師は尊敬する父のことを持ち出され、気持ちの砦を崩され、何もかも投げ出してしまう――

猟師 ……オ、オレが……やりました。
警部 おおっ!
猟師 すみません、オレが――やりましたっ。

   猟師、激しく泣き崩れる。

警部 よし、間違いないな。
猟師 ……オレがやりました。やったと――思います……(語尾はかすれる)
警部 そうか、そうか、よく言ってくれたな。
刑事 よく言ったよく言った。良かったですね、警部。
警部 ああ。ああ!(取調べ相手が完全にオチた醍醐味に感動する)

   取調官たちも涙、涙。
   警部は猟師の手を両手で固く熱く握る。

猟師 (涙に濡れながら、自嘲気味に笑って)ハハ、もうどうにでもして下さい。どうにでも。――でも、今は取りあえず、寝させてもらえませんか。休ませて下さい。お願い、一日だけでも休ませて。
警部 そうだろ、そうだろ。――でもな、そうもいかんのだよ。
猟師 ?
警部 これからが取調べの第二幕だ。
猟師 ええ……!

   物語は次の段階へと転がる。――首の骨をゴキッと鳴らしたような音がする。

警部 どうやったか、初めっから話してくれるか。
猟師 ――!
警部 な。一から十まで、初めから。
猟師 初めからって――オレがやった、もうそれでいいじゃないですか。そう言ってるんだから。自白してるんだから。これ以上苦しめないでよ。
警部 そうはいかんのだ。調書を作らねばならんからな、裁判所に証拠として提出する。それがなきゃ、裁判にならんだろ。
刑事 いいから話すんだ。
猟師 (独り言…自嘲して)どうやって話す、本当はなんもやってないのに。
警部 ん? なにをぶつぶつ……。心配するな、きみは話すだけでいい。文章はこっちで書く。こう見えてもわしは子どもの頃から作文が得意でな。通知表で良かったのは、作文だけだった。アァ、それと正義感の強い子です、てのもあったな。
刑事 さ、しゃべってみろ。
猟師 しゃべれったって。さっきは忘れてるって言ったのに――どう話せば……
警部 どうって、正直に。包み隠さず。

   短い間。

猟師 (開き直った)だったら、ヒント下さい。
刑事 ヒント?
猟師 話す、きっかけを。「思い出す」、きっかけを。
警部 きっかけねぇ。
猟師 質問して下さい、事件のことを。

   警部と刑事、顔を見合わせる。警部、刑事にうなずいてみせる。

刑事 よし、わかった。質問してやる。とっくりと、思い出すようにな。
猟師 ……。(うなずく)

   自白調書作りが始まる。

刑事 まず、現場に行ったのは、いつだ?
猟師 だから、川で死体を発見したあとに/
刑事 ちがうだろ。
猟師 え?
刑事 その前だろ。おまえが男を殺したんだから。
猟師 ……そうでした。……昼前に……
刑事 ばあさんの家に行った?
猟師 行きました……
刑事 で?
猟師 え?
刑事 ばあさんの家に行ったときの状況は?
猟師 うめき声がしてました。
刑事 ん。で、おまえは?
猟師 家に入りました。
刑事 で、おまえはなにを見た?
猟師 娘を。ばあさまの孫娘を。ベッドで、ぐったりして、一人で気を失って/
刑事 ちがうんじゃないか……
猟師 え?
刑事 一人じゃないだろ。
猟師 え?
刑事 男がいたんじゃないかなァ。おまえがその部屋で、あとで男を殺したんだから……
猟師 ああ……でも……そりゃ……そうだが……

   自白調書作りは当然ながら難航する。取調官たちは猟師から「自主的な供述」を引き出そうと誘導的な質問を繰り返す。猟師は猟師で何とか考えて、取調官たちの期待に沿うように物語=犯行ストーリーを作り出そうとする。だがそれは容易なことではない……

刑事 そこは取りあえず置いとこう、大事なところだからな。あとでじっくり聞くとして……。それで、ばあさんをどうした?
猟師 うめき声のする物置の方へ行くと、ばあさまが縛られてました。オレゃ猿轡を解いて、縄をはずして、ばあさまを助けました。
刑事 ばあさんの様子はどうだった?
猟師 そりゃひどく疲れてましたよ。
刑事 ばあさんを見て、どう思った?
猟師 だれかに、縛られたんだと。
刑事 だれか?
猟師 ――男に、縛られたんだと。縛られて、物置に閉じ込められたんだと。
刑事 ばあさんはなんて言ってた?
猟師 ありがとうって。
刑事 ありがとう……? そうじゃなくて、男の様子をだよ。ばあさんは物置にずっといたんだろ。男の様子をなにか言ってなかったか。つまり、おまえが男を殺す前の、男と娘の様子をだよ。男の様子をだよ。
猟師 男の様子――? そりゃ、どうだったかなァ……よく考えてみないと……
刑事 よく考える?
猟師 いや、その……(何も思いつかなくなる)

   猟師は、「なにを」「どうして」「どうやった」と聞かれてもなかなか答えられない。

刑事 どうなんだ!(イライラして怒鳴り上げる)
警部 まあまあ、あせることはない。自白もしたんだから。(猟師に)ゆっくり思い出せ。な。時間はまだたっぷりあるから。調書を取るのに、勾留を延長せねばならんだろうし。
猟師 そんな。
警部 気持ちはわかるが、調書ができんことには一区切りとはならんのだよ。――ま、きょうはこのぐらいにしておこう。続きはまたあしただ。よく思い出しといてくれ。

   [祖母の取調べ]
   さて、同じ取調室の、別の日の別の時間。
   娘の祖母が警部から取調べを受けている。

祖母 そりゃなんたってね、あいつはヤなヤツですよ。
警部 それはおばあちゃん、殺された男のこと?
祖母 いんえ、猟師だよ。あいつは森を勝手に。
警部 どうしたの?
祖母 森は親の代からオレらのもんだったとか言いがかりつけてね。そこらじゅうで鉄砲撃って。あの辺の森は昔っからあたしらの家のものなのに。ホント、ヤなヤツだよ、まったく。
警部 でも、助けられたんでしょ、今回は。
祖母 ああ、そうだけどね……。
警部 初めから話してくれる?
祖母 あたしゃね、裁縫をしてたんですよあの日。孫娘がやってくることになってましたからね、ぶどうジュースとケーキを持って。赤い帽子とワンピースを縫ってたんですよ。ふふ、いい話がありましてね。
警部 いい話って?
祖母 結婚ですよ。いい縁談が。で、鍵を開けて待ってたんです、孫のために。
警部 ふんふん。(相槌)
祖母 で、孫がやってきたんです。それが変な声でねぇ、「おばあちゃん、あたしよ」って。
警部 変な声?
祖母 くぐもったような、しゃがれたような低い声。「あたしよ、おばあちゃん」って。あたしよって言うんだから、入っておいでって言うじゃない、あなた……ええと……
警部 警部。
祖母 警部さん。で、うしろから人が来たなと思ったら、あっという間にあなた、縛られて物置に入れられてたってわけ。
警部 ふむふむ。で、しばらくして、本物の娘が来た。
祖母 ええ、おばあちゃん、あたしよって。
警部 二人の会話は聞いたの、物置で。
祖母 なんだかあたしの真似するんだよ。
警部 だれが? おばあちゃんのお孫さんが?
祖母 ちがうよ、男がだよ。「あたし、おばあちゃんよ」ってね。「待ってたよ」ってね。
警部 変だね。
祖母 変よ。ありゃ、変態趣味だね。あたしになりきってた。
警部 そりゃお孫さんをつけ回してたぐらいだもの。そうか、ベッドで待ち伏せたんだな、きっと。
祖母 「死ぬ死ぬ」って言ってましたよ。
警部 「死ぬ死ぬ」って。男が?
祖母 いんえ、孫娘が。二人の争うような物音がしてね。あの子の悲鳴も聞こえてきたよ。もだえるような声で、「死ぬっ」とか、「いくっ」とか。男が「おま えを天国へいかせてやるよ」って言うしね。「この手でおまえを天国へいかせてやる」ってね。で、あの子が苦しそうに「死ぬっ死ぬっ」とかうめいてました よ。
警部 つまり、殺そうとしたわけだ、男が、お孫さんを。怖かっただろうねぇ。
祖母 しばらくして、争うような音が止んで、死んだように静かになりましたよ。男の荒い息がしてました、ハアハア、ハアハア。でもそのうち静かになって、男のいびきが聞こえてきた。忌々しいね、あたしのベッドで寝ちまったんだよ。
警部 ふんふん。で、そこへ猟師がやってきたと。
祖母 そうだね。
警部 で、寝ている男を殺したと。
祖母 ……たぶん。あたしゃ見てないけど。
警部 物音はしたの?
祖母 男の叫び声がね――遠吠えのような。今思えば、断末魔ってやつだろうけど。ああ、ヤだヤだ。腹を刺されたんだよきっと。ああ、恐ろし恐ろし。(両耳を押さえ)思い出すのもヤだよ。
警部 怖かったねぇ。
祖母 怖かったよ、刑事さん。
警部 警部……。
祖母 あたしゃなにもかも忘れてしまいたいよ、刑事さん。(また言い間違える)
警部 ……。

   [猟師の取調べ]
   再び取調室。猟師と二人の取調官。

猟師 (刑事に)一晩考えたんだけどね、刑事さん。その、なんだよ、(意を決して)やっぱりオレゃやってないよ。
刑事 (ビックリ)なに言い出すんだ、おい。
猟師 忘れてるって言われましたがね、そこの旦那が。ショック受けて都合のいいように記憶を消すことだってあるって。で、一晩思い返してみた、じっくり と、留置所でね。あそこはなんもないからね、邪魔するものは。――でも、ない。記憶がない。殺した記憶がない。実感も、感触も。ない。ない。どっかに真犯 人がいるはずなんだよ、殺した記憶を持ってるヤツが。
刑事 おいおい。否認するってのか。
猟師 第一オレにゃ動機がない。
刑事 恨みがあるだろ。
猟師 恨みったって、困ったヤツだなってぐらいで。森で一緒に生活してたわけだから。森で暮らしてたわけだから。
刑事 おい、こら。いい加減にしろっ。

   警部が刑事を制し、替わって尋問する。

警部 ……きみは、娘のおかあさんと付き合ってるそうだな。
猟師 ――え? ええ、まあ……
警部 ずいぶん親しいそうじゃないか、ん? で、娘も、自分の実の娘のようにかわいがってた。ちがうか?
猟師 ええ……
警部 そのかわいい娘に、しつこくつきまとう男がいた。娘のおかあさんもホトホト困っていた。で、きみは娘のおかあさんから相談を受けた、あの男をどうにかしてほしいと。ちがうか?
猟師 そうですけど……
警部 で、きみはしつこくつきまとう男を殺した、娘のために、いや、きみの愛する女のために。女のために良かれと思ってヤツを殺した、女のためになると思って。――立派な動機だ。
猟師 あの人とつき合ってるのは事実だけど、けどちがう。やってない。
警部 どうかな?
猟師 (警部に)あの人のためだと言うけど、逆にあの人なら、オレがやってないって信じてくれてるはずだよ。ね、刑事さん。
警部 警部だ。
猟師 聞いて下さいよ警部さん、あの人に。そうすりゃオレが無実だってことがわかるはずだよ。あの人に――あの人に――。ね。聞いて下さいよ。

   [娘の母の取調べ]
   取調室。別の日の別の時間。娘の母と二人の取調官。

母  わたしは――あの人を信じてます。
刑事 そりゃもうわかりましたよ、奥さん。
母  あの人はやってない。相談に乗ってくれただけなんです、娘の。
警部 相談とは?
母  だから娘が……
刑事 男につきまとわれていた。
警部 くわしく話してくれませんか。その、男とのいきさつを。
母  あの男はいつも森で娘を待ち伏せてました。男はしつこくて、まるでケダモノのようだと……
警部 ケダモノ。
母  オオカミみたいな。
警部 ほう。
母  しつこくつきまとって、言い募るんです、なんだかんだと。
警部 言い募る?
母  見た目とは裏腹に言葉巧みなんです。
警部 へえ。たとえば?
母  花のありかを教えるんです。ほら、目の前にもっときれいな花があるのが見えないのかい。ここだけじゃなく、あっちにもこっちにも。なのになんできみはそんなに急いでるの、まるで学校へ行くときみたいに。きみの周りにはもっと素晴しい世界があるのに、てね。
警部 へえ。
母  世間知らずの娘はイチコロですよ。あの子は人を疑うってことを知りませんから。男を疑うってことを知りませんから。
警部 なるほど。おかあさんも心配だ、そりゃ。
母  言うことを聞かないところがありましてね。わたしはあの子が小さい頃から言い聞かせてたんですけど、決して道草なんか食っちゃダメよってね。
警部 ふむ。で、猟師に相談したわけだ。その世間知らずの娘さんに、ケダモノのような男を近づけないようにしてほしいと。
母  そうですけど……。あの人に会わせて下さい。わたしが確かめてみます。よく言い含めます。――い、言い含めるってのも変だけど。よく話を聞いて……
警部 そりゃ、どうかな。
母  刑事さん。
警部 警部です。
母  あ、すみません。
警部 (咳払い)……。

   短い間。

警部 ところであなた……
母  なんでしょう?
警部 ワインの密造をしてるそうですな。密造酒。
母  え――(息を飲む)
刑事 どうなんだ。
警部 ワインの密造は二年は食らいますよ。知らないでしょうがね、監獄ってのは怖い所ですよ。
母  ……し、死んだ主人が……
警部 ご主人。
母  死んだ主人が残した借金が、領主様に、その、借金があって……
警部 それで密造酒を、
母  はい。
警部 作った。
母  すみません。これからは決して……
警部 ま、その件は知らんことにしときましょ。わしの扱っとるのは「殺し」だしね。
母  はい……。
警部 で、その酒を飲みによく猟師が来てたそうですな。
母  ええ……。
警部 二人で密造酒のことを秘密にしてた。持ちつ持たれつってわけだ。で、猟師をかばう。つまりあなたは、密造酒のことがバレるのが怖くて猟師をかばっている、とこういうことじゃないんですかな?
母  いいえ、いいえ、ちがいます。ただあの人が頼りなんです。自分で仕留めた鳥やウサギを持ってきてくれますし、薪を伐ったり、水を汲んでくれたり……(泣く)こんなわたしに、所帯を持とうとまで言ってくれて……
警部 ほぅ、所帯を持つ約束を……
母  (泣く)あの人、粗野だけど、いい人なんです。
警部 それほど大事にしてたわけだ、あなたを、あなたの家族を……
母  どうか会わせて下さい。わたしがなんとか――
警部 いや。今は会わない方がいいでしょう。
母  でも。
警部 気持ちはよく伝えておきますよ。ふむ、所帯をねぇ、あなたと。
母  はい……。
警部 そんな怖い顔して。安心して下さい。悪いようにはしないから。
母  ……どうか。どうかよろしくお願いします。
警部 わかってます。任せて下さい。

   警部は娘の母の手を取り優しく撫でる。口の端に含みのある微笑を浮かべる。

   [猟師の取調べ]
   取調室。猟師と警部。

警部 (打ち解けた調子)森でずいぶん好き勝手やってたらしいな、あの男は。
猟師 最近の若いヤツらは……どうにもこうにも……オレもそうだったのかもしれませんが……それにしても。
警部 みんな男を恨みに思ってた。
猟師 ええ。
警部 「あいつはひどいヤツだ!」って言う仲間もいた。
猟師 猟場を荒らすんです。夜に動き回って。それぞれ縄張りってもんがあるんだが、あいつはそれを無視してね。ウサギを獲ったり、キツネを獲ったり。もっとも、他とはつるまないで一人勝手にやるのが好きな男みたいだったけどね。ま、みんなから嫌われてたよ。
警部 まさに一匹狼ってわけだ。そこに娘のおかあさんから相談があった。娘に男がつきまとって困っている、どうにかしてくれと――。そこできみの怒りに火がついた。
猟師 怒りを覚えたのは確かですがね、殺しちゃいない。――ね、あの人に会ってくれたんでしょ。あの人に聞いてくれりゃ、オレがどんな人間かわかったはずだよ。あの人はオレを信じてくれてるはずだよ。

   警部、心の中でニタリとする。

警部 ……ああ、信じてたよ、きみをな。
猟師 ああ、やっぱり!
警部 きみがやってくれたとな、娘と、わたしのために。(ウソ)
猟師 ええ!
警部 泣いて、すまなかったと。わたしがあなたを追い込んだんだと。
猟師 ホントに彼女がそう言ったんですか。
警部 ああ、泣いてな、すまなかったと。よろしく伝えてくれとわしの手を取って泣いてたよ。
猟師 ホントに――彼女がそう……?
警部 ああ、本当だ。――そうそう、立派に務めを果たしたなら所帯を持ちたいと言っとったぞ。
猟師 所帯を……持ちたいと……
警部 きみが監獄から出てくるまで待ってると――。
猟師 ――!
警部 な、どうなんだ?
猟師 ……。
警部 真剣に愛してた女から相談を受けて、その女のために、女の娘につきまとっていたケダモノみたいな男を殺した。ええ? ちがうか? わしがこう言っちゃなんだが、ある意味きみは立派だよ。
猟師 そう……彼女が……
警部 ああ、言った。(断言する)きみがやってくれたとな。
猟師 アアッ……アア――!(心の支えをへし折られる)

   [娘の取調べ]
   取調室。別の日の別の時間。娘と警部。

娘  「ママ! ホントにあの猟師と結婚するの? 信じらんないっ!」て叫んじゃった、わたし。だって、おとうさん気取りのさえないヤツよ。ママも最初は 嫌がってたのに。――フフ、でも男ってバカね。ママに気に入られようと必死ンなってあの男をやっちゃったのよ。そりゃ個人的な恨みもあったみたいだけど。 ――気づいて目が覚めたら、彼、殺されてたの。お腹裂かれて。ベッドは血の海よ。……でもよく覚えてないの、ホント言うと、その辺りのこと。あの日は頭が ボウッとしてて。そりゃショックだったもの。
警部 ショックだろうね、そりゃ。
娘  でしょ! わかる? 刑事さん。
警部 警部だ。……それでそのあと、猟師に命令されて、石を運んで男の腹の中に詰めた。そして川まで二人で死体を運んだ……間違いないね。
娘  たぶんね。
警部 たぶんじゃ困るんだが。
娘  そんな気もする。
警部 おいおい、お嬢さん。
娘  それでポイしたんでしょ。とにかく頭がボウッとしてて。身体中ダルくて。夢ン中の出来事みたいで。でも……このことは黙っとくようにって、そう言われた……気がする、女みたいにしつこくね。
警部 どうもはっきりしないな。
娘  言われたのよ、猟師に言われてやったのよっ。
警部 ヤケになっちゃ
娘  わたしがいけないのよ! かわい過ぎるから。わたしがいたいけで、かわい過ぎるからこんなことにっ!(突っ伏して泣く)
警部 おいおい。
娘  (ケロリとして)実はね、刑事さん。
警部 警部。
娘  実はね……彼はママじゃなくて、わたしが好きだったの。
警部 猟師がか?
娘  そう。わたしに恋焦がれてたんじゃないかしら。それであの男に嫉妬してあんな恐ろしいこと。
警部 そりゃ、きみは確かにかわいいが……どうも考え過ぎじゃ……
娘  キスされたのよ、キス!(思い込み)
警部 キス?
娘  きみはオレの娘みたいだとかなんとか言っちゃって。抱きついてきて、ほっぺにブチュッて。――ブルルッ!(全身に怖気が走る)
警部 猟師が嫉妬って――まさかきみは……いや、やめとこう。
娘  なに、なに?
警部 ふむ。その、まさか……、殺された男と好き合ってた――なんてことはないだろうね。
娘  ――ハハハ! バカね。
警部 バカって。
娘  だって。ハハハ。
警部 ハハハって。
娘  やだ、もう。ハハハ。ハハハハハ!
警部 ハハハハ……(仕方なく笑う)

   [猟師の取調べ]
   取調室。猟師と警部。
   猟師は心の支えを失った抜け殻のようである。

猟師 ……すみません、警部さん。――やっぱりオレがやりました。
警部 (勇んで)おおっ、間違いないな。
猟師 はい。オレが――あの人のために――やりました……。
警部 そうか、とんだ道草食っちまったよ。
猟師 すみません……。
警部 よし、供述調書を取るからな、初めから話してくれ。ゆっくりとでいいからな。

   警部が猟師の話を調書に書き取っていく。
   猟師はあきらめたようにため息をついてから、頭の中でこしらえた犯行ストーリーを語っていく……

猟師 (話はまだたどたどしい)……あれは……そう、うめき声が聞こえてきたんです。猟をしている最中でした。うめき声のしているのは森のばあさまの家 で、オレゃ様子がおかしいと、家にそっと忍び込んだんです。するとベッドに、娘と……男が寝ていた。娘が犯されてたのは一目瞭然でした。ぐったりしてまし たから、ベッドが寝乱れて。
警部 ふむふむ。ふむふむ。
猟師 オリゃかねてからの恨みもあり、怒りに駆られて、衝動的に、凶器を手にして男の腹を引き裂きました。そして男を――殺した。
警部 「男を殺した」……と。(調書を書いている)
猟師 (独り言)ハハ、なんとか話がつながった。

   短い間。

警部 ……で?
猟師 え?
警部 なんだ、それは?
猟師 それはって?
警部 わかってるだろ……
猟師 (首ひねる)いんえ。
警部 凶器だよ凶器。
猟師 凶器って――それは刑事さんの方がよく知ってるでしょ。
警部 警部だ。ともかく、きみの口から聞かんと意味がないんだよ。わしが誘導して言わせた――なんてことになったらあとで厄介だからな。
猟師 はぁ……。
警部 専門用語で言えばな、真犯人しか知りえない、『秘密の暴露』ってやつだ。どうなんだ、凶器はなんだ?

   猟師は凶器が何か思いつかない。追いつめられ、仕方なく、思いつくまま「凶器」を答えてみる。

猟師 はぁ……その……持ってたナイフで。獲った獲物の皮をはぐ……
警部 うぅん、ちがうんじゃないかなぁ。
猟師 ちがう……はぁ……台所の、ばあさまの家の台所の包丁で、ズブリと、やった。
警部 ……。
猟師 (警部の顔色を読んで)……なんてことはなく。
警部 ばあさんはなにが好きだ?
猟師 ばあさまが好きなもの……ワイン……ケーキ。ケーキナイフで!
警部 そりゃ痛いだろ、ザックリとは切れなくて。ばあさんはその時縫い物をしてたそうだ。裁縫が好きだった。
猟師 ――ははぁ、ハサミだ。ハサミでやった。
警部 そう、ハサミだ!
猟師 でしょ! でしょ! ハハハ! よし! よし!

   猟師は「凶器」をうまく言い当てたと喜ぶ。

警部 で?
猟師 え? まだなにか?
警部 どんなハサミだ?
猟師 どんなって……だからチョキチョキ……
警部 どんな特徴があった、そのハサミに?
猟師 特徴って……(指でチョキチョキ切る真似)
警部 わからんヤツだな。なにが付いてた? ん? そのハサミに?
猟師 なにが……付いてたか……そのハサミに?
警部 そうだ……ヒラヒラと……ヒラヒラ~と。
猟師 ヒラヒラ~……ヒラヒ――

   猟師、何かに強烈に思い至る――

猟師 あ、もしかして――リボン!
警部 おお!
猟師 リボンが取っ手に――赤いリボンがハサミの取っ手に、付いてた――
警部 そうだ、その通り!
猟師 赤いリボンが――付いてた……
警部 まさに真犯人しか知り得ない情報だ。でかしたぞ。
猟師 ハハ……真犯人しか……(動揺)
警部 ハハハハハ!(勝ち誇った笑い)……それで、その赤いリボンの付いたハサミでもって、どうした?
猟師 男の腹を刺した……そして――返り血を浴びた……
警部 そうだ。(調書を書いている)
猟師 まるでブドウの絞り汁のような真っ赤な血が――オレのチョッキに……(呆然とする)
警部 ふむふむ。ふむふむ。(猟師の供述に満足)

   間。

警部 さて、それからだ。石をどうした?
猟師 石? ああ、オレが外で……
警部 んん?
猟師 ……じゃなくて、娘を起こして、石を取りに行かせて……男の腹に詰めさせた……
警部 そう。
猟師 その間に、ばあさまを物置から助けて、三人で川へ男を捨てに/
警部 待て。二人じゃないのか? 娘と二人じゃ? ばあさんも一緒なのか?
猟師 いや、その……二人か、三人か……旦那は――どっちがいいです?

   [娘の祖母の取調べ・その2]
   取調室。娘の祖母と警部。

祖母 ええ、ええ、手伝いましたよあたしゃ。それが、なにか?
警部 言ってくれなきゃ。
祖母 聞かれなかったもの。
警部 ……猟師と、お孫さんと、おばあちゃんの三人で、川に男の死体を運んで捨てたんだね。
祖母 はい。聞かれたから答えます。
警部 おどされたの?
祖母 いんえ、家に死体があっちゃいくらあたしでも、ねえ。
警部 そりゃだれだって。
祖母 かわいそうな気がしてね。
警部 なにが? 猟師が?
祖母 いんや、男がさ。あたしゃ嫌いじゃなかった。
警部 おばあちゃん、前に会ったことあるの、男に?
祖母 案外繊細でね。文学青年で。孫から聞いたんだけどね、こんなこと言うんだって。ほら、外にはきみの知らない、目にしたことのない、もっと広い素晴し い世界があるよ。さあ、目を開けて見てごらん。あっちにはもっと花が咲いてる。こっちには小鳥がさえずってる。ごらん、心の目を開いて。(警部に)どう よ。
警部 どうよったって。
祖母 ハンサムだったし。冷たいところが格好よかったよ。あたしゃ好みだった。
警部 はあ……。話が見えないが。前から知ってたんだね。
祖母 (身を乗り出す)実はね、……やっぱりやめとこう。いつも娘に叱られるんだよ。おばあちゃん、ちょっとはその口閉じたらどう、て。
警部 ハハハ。――あ、失礼。なにさ、おばあちゃん。じらさないで教えてよ。
祖母 実はね……孫と付き合ってたのよ。孫娘と。
警部 なに、男が?
祖母 単なる「つきまとい男」じゃないんだよ。
警部 どういうこと?
祖母 最初はね、孫の方が熱を上げてたの。あたしゃあの子に頼まれて、二人に部屋を貸してやったりね。その間、散歩に出てくれなんて言われて。でもそりゃ心配になるでしょ。で、物置に隠れて聞き耳立ててたこともあったよ。
警部 ほう。で?
祖母 なかなか言葉巧みでね。比喩がうまくて。孫がね、「あなたの耳はなんでこんなに形がいいの」て聞くでしょ。そしたらなんて答えたと思う、刑事さん?
警部 さあ。ちなみにわしは警部だが。
祖母 男はこう答えたのよ、「それはね、きみの話を一言も聞き漏らさないためだよ」てね。
警部 フーム。
祖母 「あなたの瞳はなんでこんなに大きいの」て孫が聞くと、「それはね、きみをいつまでも見つめてるためさ」なんて、こんな調子さね。
警部 くさいね、セリフが。
祖母 それからまだある。「あなたの指はなんでこんなに長くてかっこいいの」「それはね、きみを優しく撫でるためさ」 ヒューヒュー!(自分で囃す)
警部 妬いてるのか、おばあちゃん。
祖母 極めつけは、こう。「あなたの唇はなんでこんなに素敵なの」「それはね、きみを食べちゃうためさ」 ああ、あたしも死ぬまでにもう一度男に食べられたいよ。
警部 ハハ。(あきれて)
祖母 (急に声を低め)でもね、あの子は小鳥のさえずりや優しい言葉より、ドレスや宝石って子でね。冷めたらしくて、若い貧しい男にね。気の変わりやすい 子だから。気難しくて、外面ばっかり良くて。だれに似たんだろ。――それでも男があきらめきれないのか、しょっちゅうあの子を追いかけ回してね。そのうち 本性出してきて、すごんだりおどしたり。あの子は嫌がって嫌がって。(次第に夢中になって)――だもんだからあたしゃ、かわいい孫のためにあたしゃ――老 い先短いんだからできることはなんでもしてやらなくちゃって、い、一大決心して――
警部 ――ん? そりゃどういうことだ。おばあちゃん、一大決心って――?
祖母 え――(われに返ってビックリ)
警部 あんた、なにをやった? え? 孫のために、なにをやった!
祖母 え――いんにゃ――なにをやったって――その、あたしゃ――あたしゃ――……

   娘の祖母、狼狽する―――

   [猟師の供述]
   取調室。猟師と若い刑事。
   猟師は犯行ストーリーをすでに暗記しているらしい。さも犯人らしく供述の仕上げの練習をしている。

猟師 ……森のばあさまの家でうめき声がするので、ばあさまの家に入ってみると、ベッドに娘と男が寝ていました。ベッドの脇にはワインのビンが転がってた ので、男が酔って寝ているのだと思いました。娘はぐったりして、男に犯されてたのが一目でわかりました。かねてより娘の母親から相談を受けていたオレゃ、 日頃より恨みに思っていた男への怒りがさらに燃え上がり、ばあさまの家にあったハサミで、酔って寝ている男の腹を引き裂き――殺しました。そして娘を起こ し、石を取ってこさせ腹に詰めさせました。川に捨てたときに死体が浮き上がってこないようにするためです。その間にばあさまを物置から助け、三人で川へ男 を捨てに行きました。しかし死体は川に沈まず浮き上がってきたので、第一発見者を装えば警察にあやしまれないだろうと思い、警察に通報したわけです。な お、娘とばあさまの二人には、オレが男を殺したことは黙っておくように固く念を押しておきました。以上、ちがいありません。
刑事 まあいいだろう。もう少し細部に臨場感があった方がいいが、それは警部に書き加えてもらうことにして。ま、どうせ最後には調書におまえのサインがいるんだから。裁判でもこの通りしゃべるんだぞ。よく繰り返し練習しとけ。いいな。

   外から知らせが来る。

知らせの声 すみません、ヤツに面会です。
刑事 面会。まあ、もういいだろう。会ってこい。
猟師 だれだろぅ……?

   [面会所]
   猟師と娘の母。二人はテーブルを挟み、向き合って静かに座っている。猟師の両手には手錠がはめられている。

母  やせたわね。
猟師 そうでもないよ。でも粗食で、栄養のバランスがいいからね。
母  そうね。
猟師 アンタこそやせたんじゃないか。
母  そんなことないわ。

   間。

母  あのね、あの子、春に結婚することになったの。
猟師 ああ。
母  領主様の息子と。
猟師 そりゃ良かった。いい男なんだろ。
母  ええ、あの子好みの。支度金もたくさんもらえるし、これで死んだ亭主の借金が返せる。ホントに。
猟師 ああ。
母  とんだ道草食ったけど。わたしの言うことも聞かずに、変な男に引っかかって。
猟師 ホントだ……。ふふ。(力ない笑いを漏らす)

   長い間。

母  知ってるんでしょ?
猟師 え?
母  知ってるんでしょ――
猟師 知ってるって――なに言ってる?
母  ――知ってるんでしょ。
猟師 ――。

   沈黙。

母  ……こんなことになるなんて……。

   短い間。

母  どこで気づいたの?
猟師 まいったな。
母  ねえ、どこで気づいたの?
猟師 (黙っていることをあきらめて)……確信はなかったけど。あのハサミさ。あのハサミは、ばあさまの物じゃない。
母  知ってたの?
猟師 ああ。正しくは、昔ばあさまの物だったハサミだ。アンタがばあさまから譲り受け、ワイン作りのブドウの蔓(つる)を切ってた物だ。赤いリボンを作業用の手袋の指に絡ませて、アンタはブドウを獲ってた。オレゃそれを見るのが好きだった。
母  それで……わかったのね。
猟師 オレゃアンタのぶどう狩りを手伝ったっけ。アンタのハサミを借りて、ね。あの――前の日に。オレゃ……素手だった。
母  だったわね……。そうか、そういうこと……

   間。

猟師 もう一つ。
母  まだあるの?
猟師 こっちの方が(身代わりになる)決め手さ。事件のあと、ばあさまの家に駆けつけてきたアンタを、オレゃ抱きとめようとしたね。アンタあんとき、珍しく抱きつかれまいとした。服が汚れてるからって。汚れが付くからって。
母  実はね、ハサミを取りに戻ったの、あの時。
猟師 ブドウの汁が付くからって――真っ赤な汁が――。
母  そそっかしいの、あわてて、置き忘れて。あなたがいるなんて知らなくて。
猟師 服に付いてるのはブドウの汁だと言ったけど、そうじゃない、あれはあいつの――(血)。それが、アンタを無理に抱きとめたときに、オレのチョッキに――
母  (思わず手を伸ばし、その指で猟師の口を塞ごうとする…それ以上は言わないで、お願い…というように)
猟師 な。オレをハメる気なら、アンタの方からわざとオレに抱きついてたはずだ。ちがうか。アンタがオレをハメる気なら。あれが――『真っ赤なブドウの汁』が――オレにつくようにってな。
母  ――もし、そうじゃなかったとしたら……その気があったとしたら――
猟師 まさか――そんなことないさ。
母  ……。
猟師 ……たぶん……きっとな……。
母  ……。(力なく微笑する)

   外からの声。

声  間もなく時間だ。
母  (やや声をひそめ)あの子はなにも知らないの。
猟師 だろうな。ぐったりしてた。起こそうとしてもなかなか起きなかった。
母  ワインに薬を、眠り薬を入れといたの。男と二人よく寝てたわ。
猟師 そうか。そういうことか。あのワインのビンは。
母  心配なのはおばあちゃんよ。なにを言い出すやら。ボケちゃってるのかしら。受け答えがチンプンカンプンで。妙にしっかりしてるときもあるし。
猟師 しかし、力はあるな。
母  ええ、畑仕事してるから今も。亡くなったおじいちゃんの木こりの真似事もしてたし。
猟師 「物」を運ぶのもわけないか。
母  ふふ。わたしと――二人ならね。
猟師 ハハハ……。
母  フフフ……。

   沈黙。

母  (突然―感情が込み上げ)何度もあの子と別れてくれって頼んだのよ――それをあの男――逆におどしてきて――すごまれて――怖くて――
猟師 わかってる――よっぽどだったんだろ――アンタが――あそこまでするんだから――
母  結婚話をぶち壊してやるって――(嗚咽する)
猟師 わかったから。……アンタは――なんも言うんじゃないよ。
母  でも。
猟師 言えばなんもかんも――壊れてしまう。あの子の結婚も――すべて――

   沈黙。

母  愛してる。
猟師 ――十分だよオレゃ、それだけで。

   二人、それぞれの思いで見つめ合う。

声  時間だ。面会終了だ。

   [娘の祖母の取調べ・その2の続き]
   取調室。娘の祖母と警部。

祖母 (次第に夢中になって)――だもんだからあたしゃ、かわいい孫のためにあたしゃ――老い先短いんだからできることはなんでもしてやらなくちゃって、い、一大決心して――
警部 ――ん? そりゃどういうことだ。おばあちゃん、一大決心って――?
祖母 え――(われに返ってビックリ)
警部 あんた、なにをやった? え? 孫のために、なにをやった!
祖母 え――いんにゃ――なにをやったって――その、あたしゃ――あたしゃ――……

   娘の祖母、狼狽する―――

祖母 ――かわいい孫のためにあたしゃ……ウ、ウ、ウエディングトレスを縫ってあげるって約束したんだよ。
警部 ウエディングトレス――?
祖母 そうだよ、そう、ウエディングトレス。結婚式の。

   短い間――。

警部 ――ハハ。なんだ、びっくりさせるなよ、おばあちゃん。あんたが男を殺したのかと。
祖母 ま、まさか。ハハハ……。
警部 ハハハハ。
祖母 つまりね、孫が、領主様の息子と結婚が決まったってのに、それでもしつこくつきまとってたんだよ、あの男は。それで――
警部 それで――父親気取りの猟師が、娘とその母の幸せのために男を殺した。とこういうわけだ。
祖母 そうさね。(ホッと笑みを漏らして)……ふふ。あの子は小さい頃から赤がよく似合ってね、頭に赤いブーケを付けたウエディングドレスをこさえてやろうと思ってるんだよ。
警部 そりゃ楽しみだ。
祖母 かわいい子でね。赤い帽子がホントよく似合って。あたしゃあの子をずうっと、こう呼んでたんだよ、赤ずきんってね。
警部 ほうぅ……。

   警部、興味を引かれさっとメモを取る。

祖母 ところで刑事さん。
警部 警部。
祖母 警部さん。小耳に挟んだんだけど、警部さんは作文が上手なんだってね。なんでも町の新聞に物語をこさえて載っけてるとか。
警部 ああ。弟がね。
祖母 探して、読みましたよ。『鏡の女王・毒リンゴミステリー』だとか、『魔女のお菓子の家・誘拐事件簿』だとか。
警部 おばあちゃんにだけ教えるが、わしがネタを仕入れて、弟が書いてるんだよ。仕事柄わしが直接新聞に書くわけにはいかんのでね。
祖母 そりゃそうでしょね。じゃ、今度の事件も……
警部 そういうことだ。みんなが忘れた頃に、新しいお話になっとるよ。
祖母 お名前なんとおっしゃいましたかね?
警部 わしか? わしはヤーコプ。弟はヴィルヘルムだよ。
祖母 ああ、ああ、思い出した。グリムさんでしたね。
警部 (ニタリとして)この辺りじゃ、ちょっとした有名人さ。

               ――幕――