めおと異なもの

            作・広島友好




※「枕」は、演者の持ち味を活かして、どうぞ変えて下さいませ。




   (枕)

語り手 こんばんは。みなさんの大好きな広島友好です。
   きょうのお芝居は民話です。昔話です。むかしむかしあるところに……のあれです。
   わたくし、小学校で子どもたちに読み聞かせをしているんですが、昔話は案外人気があるんですね。大人にとっては古いお話が、子どもたちにとっては初めて聞く話であり、新しい話でもある。未知の物語なんですね。わくわくする。
   反面どっか安心感もある。のんびりほんわか聞いていられる。昔話と自分たちがどっか根っこでつながっているという感覚があるんじゃないかと思うんです。
   また大人にしても、歳を取って昔話を読んでみますと、人生の波風、山谷、花も嵐も踏み越えてみないとわからない、味わいがそこにあります。昔話を別の角度から深読みできるんですね。
   例えば、浦島太郎は玉手箱を開けておじいさんになったあと、独りでどうやって生きていったんだろう、とか。
   桃太郎の鬼退治の鬼って、本当はなんなんだろう。自分の人生に置き換えてみたら、鬼ってなんに当たるんだろう。それってなにを意味するのか。
   花咲かじいさんが枯れ木に花を咲かせているとき、あれきっと、犬のシロのことを思って、泣き笑ってたんじゃないかなァとか。
   深読みすればするほど、ある意味が見えてきます。人生の手引きともなる。深く導かれる感覚があります。 
   その日本人の魂のふるさと、今につながる庶民の根っこのお話を、きょうは楽しく愉快に、そして深く、お届けしたいと思います。
   でも、そのままじゃありません。数多(あまた)ある民話の中から、人間と動物・人と生き物の結ばれる、「めおと」になるお話を取り上げます。それをですね、広島友好流にこね上げ、練り上げ、精魂込めて、楽しいお芝居にして皆様にお届けします。
   つまり、愛のお話です。「めおと」のお話です。
   男と女、「異」なるものは「結ばれる」のか、否か。
   ん〜、楽しみ。
   それでは、「めおと異なもの」全三話、始まり、始まり〜、でございます。

   「チョチョン」、と拍子木が入る。



   (一の話)

語り手 むかしむかし。あるところに、かまどの火も焚きかねる貧しい百姓が住んでおった。
   ……主人公の男はたいてい貧しいんですね。嫁ももらえないぐらい。で、一人暮らしです。父も母もいない。でも不思議なことに持ち家はある。もちろんあばらやですけどね。
   そしてこの主人公の男、人のいい百姓です。で、少々「抜け」気味。そうでないと動物とは結婚しないかも。
   ……ある日の夕暮れ、百姓が畑の荒く起こしから帰ってくると、なにやら犬の吠え立てる声がする。
犬の吠声 うーっ、わんわんっ。わんわんっわんっ。
語り手 人の騒ぐ声もする。見ると、狩りに追われた一匹のたぬきが逃げ込んでくる。

   たぬき、出てくる。傷つき、駆けてくる。

たぬき タヌタヌタヌ……
語り手 (出てきた演じ手を示して)たぬきです。
たぬき タヌタヌぅ……(百姓のそばに寄り、助けを求める)
百姓 ん。狩りに追われておるんじゃな。
語り手 この頃村では狩りが流行っていて、猫も杓子も長者も下百姓も動く物を見ると矢を放つ始末。村のもんの遊び、気晴らしです。殿さまが自分のまずいまつりごとからみなの目を逸らさせるために、狩りを流行らせているなんて噂もありますが。
たぬき タヌタヌタヌ……
百姓 けがはないかの。ひどいことをするもんじゃ。じゃがのう、おめえも人を化かすほどのたぬきじゃろぅが。ええ。しっかりせえよ。
たぬき タヌっ。(怒る)
百姓 怒っとる場合かの。ほれ、あっちじゃ。あっちへ行け。
たぬき タヌタヌタヌ……(逃げ去る)

語り手 と、たぬきと入れ替わるように追っ手がやってきた。
追っ手 おい、たぬきがこっちへ逃げ込んだはずじゃが。
百姓 さあ、知らんのう。
追っ手 知らぬはずはない。わしは見ちょった。
百姓  知らんもんは知らん。
追っ手 うそをいうておるな。あれは殿さまに差し上げる獲物じゃぞ。
百姓 うそなどつくもんか。知らんもんは知らん。たぬきなど見ておらん。もっともたぬき面なら目の前におるがの。
追っ手 なにをっ。こいつめっ、こいつめっ。(百姓を殴りつける)
百姓 アテテ。アテテテ。
追っ手 どこに逃がした。いえ。いえ。
百姓 知らん知らん。
追っ手 こいつめ、強情張るか。こいつめっ。(なお殴る)
百姓 アテテテ。知らんもんは知らん。
追っ手 ふん。もうええわ。あっちじゃ。あっちを探せ。(去る)
百姓 アテテテテ……

語り手 百姓はひどい目に合わされましたが、なんとか家に辿り着きます。
百姓 アテテテテ……。
語り手 家に入り、寝込んでおると、なにやらほとほとと戸を叩くものがある。
百姓 はて、だれじゃろう、こんな夜更けに。
語り手 なにがやってきたのか……そう、一人のおなごです。これ、たいてい夜来ることになっております。なんてったって夜行性ですからね。
おなご 行き暮れて道に迷うちょるのん。どうか一晩泊めてくろ。
百姓 泊めるたって布団もない。食うものもない。見ての通りの暮らしじゃ。囲炉裏にあったかい火ならあるが。アテテテテ。
おなご ああ、ひどいけがじゃ。おらが手当を。
百姓 いんやいんや。
おなご ええから。さ、さ。すわって。(百姓の傷の手当をする)
百姓 ああ、こりゃ逆にすまんのう。
語り手 おなごはまめまめしく百姓の世話を焼き始めます。見ればこのおなご、どことのう愛嬌のあるかわいらしい顔をしておる。百姓はこれまで若いおなごの顔をまじまじと見たことがないもんだから、なんだかポッと赤くなる。その顔を見ておなごも微笑む。手と手が触れる。
おなご うふっ。
語り手 まんざらでもない。一晩が二晩。二晩が三晩。甲斐甲斐しく働くおなご。いつの間にか百姓の気に入って……

百姓 おめえ、おらの嫁こになってくろ。
おなご うん。
語り手 二人は……めおとに。(二人腕を組み合う)
   昔話の場合、ここにカベはありません。すんなりとめおとになる。いくらたぬきがかわいいおなごに化けてるからったって、しっぽぐらい見つかりそうなもんですが、そんなの一切ない。ま、男と女がひっつくときにはなんにも目に入らないもんですけどね。
   しかし実はこのたぬき、男を化かすためにやってきた。いえいえ、もちろん危ない身を助けてもらった恩返しの気持ちも十分あるんですが、男のまぬけ面を見ていると、いつもの人を化かしたい本性が頭をもたげてくる。抑えきれなくなってくる。恩返し半分、化かし半分。
   特にこのたぬきのおなご、ちっちゃいいたずらが大好き。
おなご うふっ。
語り手 たぬきのおなごが朝餉の仕度をしています。二人向かい合い楽しいまんま。
おなご (鍋から汁をよそい、百姓にお椀を渡す)はい。
百姓 ん。いただくの。(お椀の具を食べながら)ずっ。ずずっ。ずっ。ずずっ。ああ、うま……(怪訝な顔)ん。なんじゃこりゃ。そばかの。そばにしちゃなんだか短いが。色も赤黒い。
おなご んふっ。(顔を客席に向け…傍白)みみず。んふっ。
百姓 ん。
おなご ふふ。
百姓 (まったく気づかず)ずっ。ずずっ。ま、これはこれで……、うまいうまい。ははは。ずっ。ずずっ。ずっ。ずずっ。……あぁ、ごちそうさん。さ、きょうも一日がんばるかの。(鍬を担ぐ)ほいほいほ。
おなご ほいほいほ。
語り手 百姓は山の畑を耕しに。もちろんおなごもついてくる。

百姓 (鍬を肩に担いで)ほいほいほ。ほいほいほ。
おなご ほいほいほ。ほいほいほ。
百姓 ほいほいほ。ほいほいほ。
おなご ほいほいほ。ほいほいほ。
百姓 ほいほいほと。

   百姓、山の畑に着く。畑を耕す。鍬を振るって、畝を作る。

百姓 よ。ほ。よ。ほ。

   おなご、その端から畝を踏みつぶす。畝の土を蹴散らす。

おなご ほ。よ。ほ。よ。
百姓 よ。ほ。よ。ほ。(耕す)
おなご ほ。よ。ほ。よ。(踏み荒らす)
百姓 よほ。よほ。
おなご ほよ。ほよ。
百姓 (気づいて)ん。ありゃありゃ、畝が滅茶苦茶じゃ。さては……さるの仕業じゃな。それともうりぼうか。ちっとも気づかんかったわ。ははは。
おなご ……。

   百姓、今度は用心しいしい畝を作る。

百姓 よ。ほ。よ。ほ。

   おなご、仕方なく畝作りを手伝う。

おなご ほ。よ。ほ。よ。

   そのおなごに百姓は微笑みかける。おなごも微笑み返す。

百姓 よ。ほ。よ。ほ。
おなご ほ。よ。ほ。よ。(仕方なく手伝う)
百姓 よ。ほ。よ。ほと。さてさて今度は……。

   百姓、今度は種を撒く。おなご、その端から種をほじくり返してあらぬ方へ投げ飛ばす。蹴散らす。

百姓 よ。よ。よ。よ。(蒔く)
おなご ほ。ほ。ほ。ほ。(蹴散らす)
百姓 よ。よ。よ。よ。
おなご ほ。ほ。ほ。ほ。
百姓 よ。よ。
おなご ほ。ほ。
百姓 よ。よ。
おなご ほ。ほ。
百姓 (気づいて)ん。ありゃありゃ。種が飛んじょる。どしたことか。さては……からすの仕業じゃな。ちっとも気づかんかったわ。ははは。ほれ、からすよ。種をひと山置いちょくぞ。他はもう食うなよ。はははっ。

   百姓、飛ばされた種を拾い、今度は用心しいしい種を蒔き直す。

百姓 よ。よ。よ。よ。

   おなご、仕方なく、撒かれた種の上に土を被せる。

おなご ほ。ほ。ほ。ほ。

   百姓はおなごに微笑みかける。おなごも微笑み返す。

百姓 よ。よ。よ。よ。
おなご ほ。ほ。ほ。ほ。(仕方なく手伝う)
百姓 よ。よ。
おなご ほ。ほ。
百姓 よ。よと。さてさて今度は柴刈りじゃ。

   百姓、陽気にほがらかに歌をうたいながら柴を刈る。
   おなご、百姓の歌うのを物珍しげに眺める。

百姓   しばしば柴よ 柴集め
     山の宝よ しばしばあるぞ

   百姓、柴を集め、蔓で束ねる。その束ねた柴をおなごに手渡す。
   が、おなごはその柴の蔓を解く。柴を放り捨てる。

おなご  しばしば柴よ 柴集め
     山の宝よ しばしばあるぞ
百姓   しばしば柴よ 柴集め
     山の宝よ しばしば……
   (気づいて)ん。ありゃありゃ。柴がのうなっちょる。ありゃ、蔓が(取れて柴が落っこち散らばる)。おら、どじじゃのう。おめえなんか気づかんだったか。
おなご おら、なんも……。
百姓 ふぅむ、さては……山のねずみが悪さしたか。それともたぬきが……いやいやそんなことは。はははっ。
おなご ……。

   百姓、歌をうたいつつ、今度は用心しいしい柴を束ね、背中に背負い、家に帰る。
   おなごはいたずらしたいが、手を出せず、仕方なく一緒に歌いつつ手伝い、家に帰る。

うた   しばしば柴よ 柴集め
     山の宝よ しばしばあるぞ
百姓   しばしば柴よ 柴集め
     山の宝よ しばしばあるぞ…………(家に着く)
   どっこらしょと(柴を置く)。ああ、きょうも一日よう働いた。はぁっ、家がええのう。家が。
おなご お疲れさん。
百姓 ああ、ちょっと一休み。極楽ごくらく。

   百姓、おなごの膝で膝枕。

百姓 ふふふ。
おなご んふふ。
百姓 ふふふ。
おなご んふふ。

   おなご、耳掻きで百姓の耳掃除をし始める。

おなご んふふ。
百姓 あははぁん。
おなご んふふ。
百姓 あははぁん。
おなご んふふ。(ちょっと力が入る)
百姓 ふふ……イテテっ。ちょっと力が強いんでねえか。
おなご そうっか。でもおら、おめえのために。
百姓 そりゃそうじゃが。
おなご んふふ。(また耳掻き)
百姓 あははぁん。
おなご んふふ。
百姓 あははぁん。
おなご んふ。あ。おっきい耳くそ。こりゃっ。
百姓 イテテテっ。なにするっ。
おなご なにするって、このぐらい……。ちょっくら我慢してくろ。
百姓 うむ。ちょっくらなら。
おなご んふふ。(また耳掻き)
百姓 あははぁん。
おなご あ。これだこれだ。こいつをこりゃっ。
百姓 うむむっ。
おなご こりゃこりゃっ。
百姓 うむむむむっ。
おなご こりゃこりゃこりゃっ。
百姓 うむむむむっ。
おなご うわっ。でっけえ耳くそ取れたっ。
百姓 どれ。はははっ。イテテっ……。はははっ。
おなご ふふ……。
百姓 ははは。ははは。

   間。

おなご ……おかしな男だなおめえ。おらのこと怒らねえのか。
百姓 なんも。へへへ。おら、おめえがいとおしいもの。
おなご え。
百姓 おら、おめえがいとおしい。
おなご いとおしい………。(きょとん)

   間。

おなご なんじゃそれ。いとおしいってのは。
百姓 なんじゃって。その、おめえをその(恥ずかしい)、なにしとるってことじゃ。
おなご なにしとるってなんじゃ。おらをなにしとる。
百姓 なにしとるって……、ははは。
おなご なんじゃなんじゃ。
百姓 いわんいわん。ははは。はははっ。
おなご なんじゃなんじゃ。
百姓 もういわん、もういわん。ははははっ。
おなご ……。
百姓 さ。寝るべ寝るべ。ふふ、がっー……。ごっー……。ぐっー……。ごっー……。(疲れているのですぐ寝入る)
おなご ……いとおしい……。

語り手 そうこうしとるうちに月日は流れ、二人の間にやや子がポンッとできます。
やや子 オンギャーオンギャーオンギャー……
百姓 よしよし。(やや子をあやす)
おなご うふふ。

語り手 けれど百姓は大きなため息。
百姓 はあぁぁぁ……。
おなご なにした。やや子もできたのに。
百姓 (あやしつつ)なにって、日照りじゃ。日照り。日照り続きで今年は不作じゃ。稲がみな赤枯れた。その上年貢は上がるわで、どしたらええもんか。新しい殿さんが来てからええことないわ。やや子もできたのに、米も金もない。はぁ……、冬を越せるやら……。
おなご ふふ。そんなことか。
百姓 そんなことかって。
おなご おめえさ、木の葉を取ってきてくろ。
百姓 木の葉。木の葉をなぞする。
おなご ええから。(やや子を抱き取る)ええから。(独り言)ふふ。おらにもできることがある。(やや子をあやす)よし。よし。
語り手 人の好い百姓はおなごに言われるまま木の葉を取ってきます。できるだけたくさん。
百姓 (木の葉を両手に抱え)これをなぞする。
おなご ええから。(やや子を寝かしつけて)おらはこの部屋に入ってちょっとなにするが、決してのぞいちゃならんぞ。(木の葉を取る)ええな。決してじゃぞ。
百姓 決して。なしてじゃ。部屋でなぞする。
おなご 約束してくろ。決してのぞかんと。
百姓 ああ。ああ。約束した。じゃが……
おなご ええから。決してじゃぞ。決して。のぞいちゃならんぞ。

   おなご、木の葉を一山抱えて部屋に入る。にかっと百姓に笑みを作って、戸をぴしゃりと閉める。

百姓 部屋にこもってなにやらやりよる。
声おなご ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。(まじないのような腹鼓のような音が…)
百姓 なにやらぽんぽこいうておる。な、なにをしておる、ぽんぽこぽんと。
声おなご ま、まじないじゃ。まじない。
百姓 まじないじゃと。はてなんじゃろぅ。
声おなご ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽこぽこ、ぽんぽこぽん。…………
百姓 まるで……たぬきみたいな……
声おなご ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽこぽこ、ぽんぽこぽんっ。できたできたっ。
百姓 なにができた、なにができた。
おなご (部屋から出てくる)これじゃ。
百姓 ありゃぁ、銭じゃ。銭じゃ。
おなご これ持って市場へ行ったらええ。
百姓 はぁ……不思議じゃ。おめえこれをどうやって……
おなご ええから。さ、はよう。(やや子を抱き上げる)やや子が腹すかしとるぞ。
百姓 ああ、ああ。米買うてくる。味噌買うてくる。百姓が米を買うとは情けないが。味噌を買うとは情けないが。
おなご なにいっとる。はよう。はよう。
百姓 ああ、ああ、米も味噌も買うてくる。米じゃ、味噌じゃ。味噌じゃ、米じゃ。米味噌じゃ。

語り手 百姓は早速市場へ買い物に。
百姓   ほいほいほ ほいほいほ
     味噌に団子に塩も買お
     味噌に団子に塩も買お
     ほいほいほ ほいほいほ

   市場の物売りたち。

物売り一 さあさあ、さかなっ。魚っ。活きのいいさっかなっ。
物売り二 お茶お茶ちゃちゃちゃ。お茶お茶ちゃちゃちゃ。ちゃちゃちゃちゃお茶茶。
物売り三 もぅちぃ〜〜もぅちぃ〜〜。いらんか、いらんか。もぅちぃ〜〜もぅちぃ〜〜、もぅちもち。
百姓 まず、味噌に塩じゃ。あぁっ、肝心要の米を忘れちゃいかんかった。餅もくれ。魚もくれ。茶ももらおうか。やや子に団子じゃ。かかには……おお、その 櫛をひとつくれ。紅い紅い、花の櫛じゃ。ほりゃ、ほりゃ、ほりゃ、ほりゃ、ほりゃ、ほりゃ。銭は払うたぞ。はは。うれしいのぅ。おらゃ幸せじゃ。ほほほの ほい。ほほほのほい。

物売り四 おい、待て待て。
語り手 と、物売りのひとり。
物売り四 ややっ、こりゃ木の葉じゃないか。木の葉のにせもんじゃ。
百姓 おら木の葉など。確かに銭こを……
物売り四 なにぬかす。ぬしの寄越したのは木の葉じゃないか。木の葉じゃ木の葉。たぬきみたいな真似しやがって。わしらをだまくらかすつもりか。
百姓 んな、馬鹿な。
物売り四 馬鹿とはなんじゃ。こいつめっ。こいつめっ。(打ち叩く)
百姓 ああ。ああ。(殴られる)
語り手 木の葉の銭とわかり、もみ手がこぶしに。
物売り四 こいつめっ。こいつめっ。
百姓 ああ。ああ。
物売りたち こいつめっ。こいつめっ。こいつめっ。(打ち叩く)
百姓 ああ。ああ。ああぁ……
語り手 百姓は物売りたちにこてんぱんぱん打ち据えられた。

百姓 ……あやや、ひどい目におうたもんじゃ。餅屋からもお茶屋からも、ぶたれてしもた。アテテテテ。
語り手 百姓は這うようにしてようよう家に辿り着いた。もちろん手ぶらで。いえ、たんこぶだけはぎょうさん抱えて。
   とそこに待っていたのはわが息子。この息子、み月しか経たぬのに、すでに三歳ほどの大きさ。成長が早い。まるでたぬきの子どものように。

子  とと。
百姓 なんじゃ。
子  かかはかきがすきじゃねえ。それからかえるもすきじゃねえ。
百姓 はは。柿にかえるか。
子  ときどきかえるをつかまえて、ね。くってしまうよ。
百姓 なに、かえるを。また冗談を。
子  かかはなんでつきよのばんにはらつつみをうつんかねぇ。ぽんぽこぽんって。
百姓 はん……。腹鼓を……月夜の晩に……。
子  つきよのばんに、ぽんぽこぽん。つきよのばんに、ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽんったら、ぽんぽこぽん。(子も知らず知らず腹鼓を打っている)
百姓 お、おまえっ……。かかはどこにおる。
子  へやにこもっとる。

語り手 百姓は一散に女房のいる部屋の前へ。障子に手をかけようとして……
百姓 いや、待てよ。決してのぞいちゃならんというたぞ。決して決して。いやでも、しかし、しかしのう。見んことには。いやいやや見ちゃならん。約束は約束じゃ。でも見んことには……。ああ、なぞしよう。
語り手 昔、まだ民話劇が馴染みの薄かった当時、ここで客席から、「見ないでー」「見ちゃだめー!」と思わず声が飛んできたりもしたそうです。見たらどう なるか、その結末を知っていたからでしょうか。はたまた、日本人がまだまだ純真で昔話のお芝居にどっぷりと浸かることができたからでしょうか。

声おなご ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽこぽこ、ぽんぽこぽん。
百姓 ほれほれやっぱりあの音が。まじないの音というとったが。よく聞けばあの音は……
声おなご ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽこぽこ、ぽんぽこぽん。
百姓 み、見ずにはおれん……(障子をそっと開け、中をのぞく)
たぬき (腹を出し、ぽこぽこ陽気に腹鼓を打っておる)ぽんぽこぽん。ぽんぽこぽん。木の葉を銭にぽんぽこぽん。ハイ。木の葉を銭にぽんぽこぽん。ハイ。木の葉を銭にぽんぽこ——(気づく)あ。
百姓 ああっ。た、た、たぬきじゃっ。かかの顔したたぬきじゃっ。
たぬき うっ。おら恥ずかしっ(顔を覆う)。
百姓 ……ああ、ああ。たぬき……。かかが……た、たぬ……き……

   沈黙。

たぬき ……タヌタヌタヌ。さようタヌ。
百姓 さようタヌって。
たぬき 見られたからには一緒にはおれまタヌ。
百姓 どして。なぜ。
語り手 ……と問い返す民話はありません。昔話の登場人物たちはみんな別れをすんなり受け入れてしまいます。
   しかしこの百姓は尋ねます。
百姓 どして。なぜ。
たぬき どしてって……。なぜって……。それでもゆかねばなりまタヌ。
百姓 ま、待て。いとしいと思う気持ちはねえのか。おらをいとしいと思う気は。初めからおらをだまそうとしてたのか。
たぬき ……。
百姓 木の葉の銭もおらを困らすために。だまくらかすために……
たぬき ちがう。それはちがう。あれはほんとにおめえのためタヌ。……木の葉の銭とばれたら困るだろうとはわかってタヌけど。
百姓 そのタヌてのはなんとかならんタヌか。
たぬき ならんタヌ。
百姓 ならんタヌか。
たぬき タヌ。
百姓 ……おらは、たぬきでも、おめえいとおしい。
たぬき ——おら、おら、初めはおめえを化かそうと思ってタヌ。でも一緒に暮らすうちに、おめえがやさしくしてくれるたびに、化かしているのやら、いとしいのやらわからなくなっタヌ。
百姓 いとしいのやら、化かしているのやら……。
たぬき おらもおめえを愛してタヌ。
百姓 なんでそんな昔のこつみたいにいう。愛してタヌって。
たぬき 今愛してタヌ。ほんとにほんとに愛してタヌ。でもどうにもならぬタヌぅ。
百姓 (泣く)あああ。やや子はどうしたらええ。やや子残してどうやって乳あげたらええ。おめえのこと……どう話せばええ。せめてせめて、最後まで化かしてくれりゃ……。おおおお。

たぬき おめえさ。泣くでねえ。これを。これをやや子に。
百姓 なんじゃこれは。なんの玉じゃ。
たぬき おらの玉じゃ。金の玉。ふたつ。(両目を閉じたまま客席に向き、かわいくベロを出す)うふ。
百姓 き、金玉。ふたつ。
たぬき (以下、両目を閉じたまま)ふたつしか付いとらん、おらの玉じゃ。
百姓 ふたつしか付いとらん、おめえの玉。……ええっ。ま、ま、まさか、おめえ。お、おと、おと……
たぬき これをお乳の代わりにあの子にしゃぶらせておくれタヌ。きっと夜泣きもせぬはずタヌ。おらの形見じゃと思うて。
百姓 たま、たまたま……
たぬき もう行かねばなりまタヌ。二度と会うこともありまタヌ。(ふらふらと)さよう〜タヌぅ〜〜……

   たぬき、ふらふらと手探りで去っていく。

百姓 あっ……ああっ……かかよ。かかよ……。
子  (出てきて)ええんえんえん。ええんえんえん。…………
百姓 おぉ。よしよし。かかがこいしいか、こいしいか、かかが。
子  ええんえんえん。ええんえんえん。…………
百姓 よしよし。たまたまじゃぞ。たまたまじゃ。
子  ええんえんえん……(玉しゃぶる)……えへ、えへへ……。(泣き止む)
百姓 (泣き笑う)あははっ。……かかがこいしや、ぽんぽこぽんっ。かかがこいしや、ぽんぽこぽんっ。(鳴らぬ腹鼓を打つ)

語り手 さて、これからは先は後日談。この不思議なふたつの玉の評判を聞きつけた殿さまが、たまたまほしいと駄々こねた。家来に言いつけて百姓の子どもからその玉ふたつ取り上げてしまいます。
百姓 たまたま取られたぽんぽこぽんっ。
語り手 この百姓の嘆きの声が聞こえたのか、ある日のこと、目の見えん旅の女あんまがこの村にやってきた。珍しい物好きの殿さまはすぐに女あんまを呼び寄 せた。殿さまは女あんまに肩もませて、凝りもほぐれて、ええ塩梅と満足して、女あんまを帰したそうな。が、なんと、あのたまたまふたつがどこにもない。さ ては女あんまが——。追っ手をかけようと思うとる暇もなく、今度は殿さまの大事な玉ふたつが見事にたぬきの玉袋のように腫れて腫れて、大きうなった。大き うなって終いにはぱちんっと破裂してしまったと。家来たちが目んたま二つぎょろつかせて女あんまの行方を探したが、見つけることはできんかったそうな。
   さて、それから、そうそう、この村では月夜の晩になると、いつでもおかしげな声が聞こえてきたということじゃ。
百姓 かかがこいしや、ぽんぽこぽんっ。かかがこいしや、ぽんぽこぽんっ。

語り手 ところで、たぬきと百姓は別れるわけですが、これ、決してのぞいちゃならんという約束を破ったからなのか、はたまた、正体がたぬきとバレたからなのか……。
   でも、これだけははっきり言えますね。女房の正体は決してのぞいちゃいけないってこと。特に夜、化粧を落とした寝姿をのぞいて——お、おまえはだれじゃっ……なんて。だから、夜寝るときは灯りを消すのです。なんちゃって。
   ……さて次のお話です。次のお話は……これは見ての聞いてのお楽しみ。



   (二の話)

語り手 むかぁしあったと。ひとりの木こりがあったと。木こりが山里のうちから村を通って市場へ行くとこやったと。ききょうやおみなえしの咲く小径を歩いておると村の子どもらの声がする。
子どもら わーい。わーい。わーい。わーい。
木こり ん。わらしどもがなにやら騒いどる。
子一 おらおら。おらおら。
子二 ぬいてしまえ足を。
子三 気持ち悪いのう。
子二 ふたつにちぎってふんづけちまえ。
語り手 いつの時代も子どもは無邪気で残酷。

木こり 待て待て。なにいじめとるぅ。かわいそうでねえか。
子一 かわいそうなもんか。へで気持ち悪い生きもんじゃ。
子二三 わーいわーい、そうじゃそうじゃ。
木こり ん。よっく見れ。きれえな模様しとるでねっか。なんにしても命はある。助けてやれ。
子一 やんだやんだ。やんだやんだ。
木こり なしてもか。
子一 なしてもだ。
子二三 なしてもだなしてもだ。
子一 だども……
木こり ん。
子一 銭くれるなら、ゆるしてやる。おっちゃんにやるわ。
木こり なに、銭だ。
子二三 銭だ銭だ。銭だ銭だ。
木こり 近ごろのわらしは。
子どもら 銭くれ銭くれ。
木こり 市場で米を買うてこうと思うとったが……。んだば。ほれ。これでおらのもんじゃ。
子どもら わーいわーい。もうけたもうけた。もうけたもうけた。わーい。(駆け去る)
木こり ふん。さあさあ、(助けた生き物を手でやさしく包み、そこらの木の枝に逃がしてやる)もうつかまるなよ。は。つかまるどころかつかまえるのが、おまえの得手じゃろがな。ははは。

語り手 さて、木こりが町の市場で買い物を終え、山里のうちへ帰ってみると……
木こり はて、だれもおらんはずのうちに、灯りがともっとる。
語り手 戸をそろそろと開けるみると、囲炉裏のそばに女のうしろ姿が。それもなんとも妖艶な。気抜けしてほっと疲れているようでも、男を待ち伏せているようでもある……
木こり だ、だれじゃ。あんた。
女  ごめんなさい。道に迷うた旅の者です。行き暮れておるところにこの家(や)に行き当たりました。お留守とは知りながら、温まらせてもろうとりました。
木こり お。お。ほうか。ほうか。行き暮れたんか。ん、そりゃ仕方なか。うちはなんもないが、火だけはある。薪もある。炭もある。(囲炉裏に炭を足す。火をまた熾す)
女  あったかい。
木こり おらが伐った木じゃ。
女  あんたが。
木こり おらが育てて、伐った木じゃがな。おらの炭じゃ。
女  木こりなのね。山の木こり。
木こり ふふ。海の木こりはおりゃせんぞな。
女  ふふふ。
木こり 食うもんとてないが。
女  いえそれは。でも一晩だけでも。
木こり 寝るとことてないが。
女  いえそれは。ここでも。そこでも。どこでも。
木こり ああ。ああ。ここでよければ。おらはそっちで丸くなれればええ。
女  ありがと。

語り手 一晩が二晩。二晩が三晩。それはそれ心憎からぬ男と女のこと。女の帯解く日もある。帯解けば、日を待たずめおとになるのが自然の成り行き。木こりはまめに働き、女房は、これはあまり働き者ではなかったが、貧しくとも仲睦まじく暮らしておった。
   しかし、この年日照りが続き、木こりの植えた苗木も枯れてくる始末。
木こり ん〜こりゃいかんのう。こう日照り続きでは。今年植えた杉の苗木がみな枯れてもた。
女  ……。
木こり 村のもんもひとり村逃げしたそうじゃ。
女  村逃げ。
木こり どうもこうも暮らしがやれんで逃げ出してしもたらしい。行方がしれんと村のもんが探しとった。
女  どんな。
木こり ほれ、このうちにも炭を買いにきておった……
女  ああ。あれ。
木こり おまえもなんべんか顔を合わせて……
女  あのいやらしい……いやなやつ。
木こり いやらしいかどうかしらんがのう。ま、ま、こう日照りが続いては、村が干上がってしまうわ。おらも手持ちの金がのうなってきたわ……。困った困った……。

   間。

女  あんた。あたし今からちょっと用事をしますから、その小屋をのぞいちゃだめよ。
木こり んん。
女  いい。のぞいちゃだめ。決して。ここで待っててね。
語り手 女はそう言うと、するすると小屋の中へ。木こりににこりと微笑みかけて。
木こり な、なにするんじゃ。おい、なにしとるんじゃ。隠しごとか。おい。見たい。見たいのう。見ちゃいけんか。
女  だめよだめ。くろろ。からろ。くろからろ。
木こり のうのう。見たい見たい。
女  だめよだめ。ふふふ。くろろ。からろ。くろからろ。くろろ。からろ。くろからろ。…………
木こり ああ。ああ。見るぞ見るぞ。わしゃ見るぞ。(小屋をのぞこうと…)
女  (出てきて)ほら、あんた。これ。(糸の束を見せる)
木こり おお。おお。すごいのう。糸か。糸じゃ。にほい立つような。こりゃすばらしい。光っとる。艶めいとる。これをなした。これをどした。どう紡いだ。どうやって糸繰った。
女  そんなこといいから、これを町で売っといで。きっと高く売れるから。
木こり ほうか。ほうじゃのう。これは高く売れるのう。村でも町でも見たことないわ、こねな糸は。

語り手 木こりは早速町へ糸を売りに行った。その糸はなんと一両で売れた。
木こり ははは。一両じゃ一両じゃ。こねいな大金見たことなか。はは。ははは。
語り手 とそこへ現れたのが同じ村のうんず。この男……ちょっと胡散臭い。
うんず おいおい、わしじゃわし。同じ村の隣の横のはす向かいのうんずじゃ。わしゃおまえさんの様子を見ておった。おい、ありゃ二目と見れん絹の糸じゃの。極上飛びっ切りの絹の糸じゃ。わしもたった一度都で見たきりのもんじゃ。
木こり あれがか。極上飛びっ切りか。
うんず おまえの新しい女房は、きっと都のもんにちがいなか。言葉つきはちがうし、すごい手業(てわざ)を持っておるらしい。
木こり はあはあ。うちのかかならそうかもしれんのう。
うんず いや、きっとそうじゃ。すごいおなごじゃ。
木こり へへ。
うんず じゃけんども……
木こり じゃけんども……
うんず おまえは馬鹿じゃ。
木こり なんじゃと。おらがばかじゃと。
うんず ほれ、それじゃそれ。人の話を最後まで聞かんから馬鹿じゃというんじゃ。ありゃ、おまえ、あの絹の糸は都でなら五両で売れる。五両どころか、十両、二十両。
木こり 十両、二十両。
うんず それをたった一両で売って、それも大喜びしとるから馬鹿じゃというんじゃ。
木こり はあはあ。おらはばかじゃった。
うんず な、どうじゃ。もっと糸をつくるようにいうてみては。おまえの女房に。ええ。
木こり でも。かかがなんというか。
うんず 金はほしうないんか。
木こり 金。
うんず 木こりなどよりうんともうかる。
木こり 木こりは好きじゃ。
うんず そりゃそうじゃろ。じゃが、木こりをしとって都へ行けるか。
木こり 行けん。
うんず そうじゃろ。あの糸を売れば、いや、あの糸を売りに都へ行けばええ。都へ行ってみとうはないか。
木こり 都。
うんず 死ぬまでに一度も都を見ぬものは馬鹿じゃ。
木こり おらばかじゃねえ。
うんず ん。おまえは馬鹿じゃねえ。
木こり ばかじゃねえばかじゃねえ。
うんず 馬鹿じゃねえ馬鹿じゃねえ。たいした利口もんだ。な。どうじゃ。女房に話してみて。
木こり うん……。
うんず もっと糸を。な。
木こり ……わかった。都じゃな。十両、二十両じゃな。
うんず そうじゃそうじゃ。でもこれは女房にいうてはならんぞ。わしと話したことは。
木こり なしてじゃ。
うんず 女房孝行にならんじゃろが。こっそり金を儲けて、ぎょうさん土産を買って、女房にええ目見せるんじゃ。女房がどでんしておまえ惚れ直すど。
木こり ほうか。惚れ直すか。それはええのう。
うんず ええな。わしとおまえの内緒事じゃぞ。
木こり わかった。内緒事じゃな。
うんず 心配するな。都へ行くときはわしがしっかり案内しちゃる。へへへ。

語り手 木こりは都の夢に取り憑かれ、欲の糸にその身を巻かれ、一散にうちへ戻って女房に頼みます。
木こり なあ、糸紡いでくれんかのぅ。もう一度糸を。なあなあ。糸ほしいのう。糸ほしいのう。ほしいほしい。都へ行ってみたいんじゃ。
女  都へ。どうして急に?
木こり どうしてって。金がいるんじゃ。都で高く売るんじゃ、おまえの糸を。それでおまえに……へへへ。
女  だれかに入れ知恵されたんじゃね。
木こり ばかいうな。おらが考えたんじゃ。おらひとりで。おらのおつむで。のうのう。もっともっとええ糸を。もっともっと。もっともっと。
女  ……。
木こり のうのう。ほしいほしい。
女  ……。
木こり もっともっと。糸ほしい。へでほしい。がちゃほしい。

   短い間。

女  ふん。そしたらね、餅をいっぱい搗いておくれ。
木こり もちを。もちをどうするんじゃ。
女  子どもにお餅をあげるから。
木こり 子どもにもちを。わらしどもに。ん。それと糸となんの関わりがある。
女  あるともないとも。
木こり はは。やさしいのうおまえは。けなげなのう。おまえのいうことに間違いはなか。もちついたら糸紡いでくれるんじゃな。よし、わかった。もちじゃの。もちもち。もちろんじゃ。

   木こり、歌をうたいつつ餅を搗く。

木こり  きびもち 粟もち 団子もち
     もちもちおいしい ほっぺがおちる
     きびもち 粟もち 団子もち
     おちたほっぺも ぺったんこ
     ぺったんこたら ぺったんこ

   木こり、搗きたての餅を手に餅つき歌をうたい、子どもたちを呼び寄せる。

木こり  きびもち 粟もち 団子もち
     もちもちおいしい ほっぺがおちる
     きびもち 粟もち 団子もち
     おちたほっぺも くったんこ
     くったんこたら くったんこ

   子どもらが木こりの餅に引き寄せられ、後をついてくる。
   女、小屋の中から餅を渡し、集まってきた子どもらを小屋へ呼び入れる。

女  さあさあ、こっちこっち。こっちよ。うふふ。くろろ。からろ。くろからろ。一人ずつ一人ずつよ……。くろろ。からろ。くろからろ。くろろ。からろ。くろからろ。…………(そっと戸を閉める)

語り手 子どもらは喜び勇んで女の待つ小屋の中へ入っていった。
   ……その日暮れ。
女  あんた。ほれ。
木こり あっ、あはぁっ。
語り手 女の差し出したのは前に増して上物の糸じゃった。
木こり また一段と糸の出来がちがうようじゃ。つやつやしとる。のんのんしとる。つやつやのんのんじゃ。あはははは。
女  うふふ。うふふふふ。

語り手 ところが明くる朝、村人の一人が血相変えて木こりの家に飛び込んできた。
村人 おおい、大変じゃ。おお事じゃ。村の子どもらが行方知れずじゃ。
木こり 子ども。わらしどもが。
村人 知らんか。見んだったか。
木こり あぁあ(大あくび)。さて、今朝は見んだったが……あぁあ(また大あくび)。
村人 あぁ、おまえに聞いたわしが馬鹿じゃった。
語り手 と村人は踵を返し、すっ飛んで帰っていった。しかし木こりは……
木こり ……はて。あ、そういえばきのうおらとこのかかがわらしどもにもちをやっとった。みなとても喜んどったが……はれ。だれもおらん。
女  なにしとるん。さあ、あんた、ご飯ですよ。ふふふ。

   女、飯をよそいつつ、

女  どうしたの、悩ましげな顔して。はい、ご飯。
木こり ふむ。(食べながら)わらしどもがおらんと、村で騒ぎになっとるらしい。
女  そう……ですか。はい、お汁。
木こり もちを食わせたのが、きのうの昼じゃから。はて、それからおらんようになったということかいな。
女  餅食って元気になって浮かれて遊びに行って、はい、お新香。おおかた迷子にでもなっとるんでしょう。
木こり うむ。そうかもしれんのう。……はて。
女  なに。
木こり なしてじゃ。
女  なに。
木こり なして食わんのじゃ、おまえは。ままを。
女  え、ええ、あたしは腹いっぱいで。
木こり 腹いっぱい。なに食った。なに食った。
女  ええ、まあ。
木こり ひとりで。おらに隠れて。
女  ええ、まあ。
木こり え。え。
女  ……。
木こり はあはあ、さては……あれ食ったか。あれ食ったか。
女  な、なに。なによ。
木こり ふふ。もち食ったか。かか、もち食ったか。ひとりでもち食ったか。ははは。
女  ……。
木こり ははは。かか、もち食った。おらに隠れてもち食った。ふふふ。

   間。

女  ……あたしは餅など好きじゃない。
語り手 女はそうつぶやくと、木こりの後ろへそっと身体をすべらせた……
女  ふふふ。(後ろから木こりの頭を撫でる)
木こり はは。ではなにが好きじゃ。いもか。なんきんか。はは。ははは。なにが食いたい。
女  あたしの一番食べたいのは……(後ろからしなだれかかるように木こりの首をそっと絞めてみせる、糸で首を絞めるように。抱きついているのか、首を絞めているのか)ふふふ。
木こり ははは……。
女  ふふふ。
木こり はは。かか、なにふざける。はは。なぞする。飯が食えんぞな。ははは。ちと苦しいぞ。
女  ……ふふ。ふふふ。(なおも締める)
木こり はは。ははは……。
女  ——。(なおも)

   間。

木こり もうよせよせ。
女  (ようやっと木こりの首にかけていた手を離す)
木こり ……よっこら。ん。ん。ごちそうさん。
女  ……。
木こり さてさて、あしたはなんの日じゃ。
女  あした。
木こり さてさてあしたは。
女  ああ。はいはい。これを。あたしの糸を。あしたはこれを都へ。
木こり へへ。ヘヘヘ。
女  そんなにうれしいかえ。
木こり ああ。ああ。へへへ。
女  ふふふ。
木こり ヘヘヘ。ほほほ。
女  じゃ、これも持ってお行き。これは糸の出来がよくないけれど、ちいとおかしな匂いもするけれど、旅の駄賃代わりには。
木こり ほうほうこれは。
女  男糸。強い糸。
木こり 男糸。強い糸。それではこっちは。
女  わらし糸。やわい糸。
木こり わらし糸。やわい糸。ふむふむ。(風呂敷に包む)二つの糸を持って、あしたは都じゃ。晴れの都じゃ。うんずと一緒に行く。
女  うんずと。
木こり ほうじゃ。うんずが道案内じゃ。
女  どうじゃろうんずは。あしたは……来ないんじゃないかしらねえ。
木こり え。
女  いえいえ、もうどっかへ行ってしまったんじゃないかしら。
木こり 都へか。一足先に行ったか。おらをおいて。
女  さあ。もっともっと遠い別の都かも。
木こり 別の都。ははは。そんなことあるはずねえ。うんずが楽しみにしてたんだもの。おらと行くのを。
女  ふふ。じゃいいけど。ふふ、ふふふ。(小屋へ去る)

語り手 さて、次の日の朝早く。
木こり はてはて。待ち合わせにうんずが来ん。ちいとも来ん。ぱぁとも来ん。はあ、ええわ。おらひとりで行こう。
     都へ 都へ 花の都へ
     都へ 都へ 晴れの都へ
     ずんがずんが ずんがずんが
     ずんがずんが ずんがずんが
   へへへ。いったいいくらになるかのう。
     五両 十両 二十両
     ずんがずんが ずんがずんが
     ずんがずんが ずんがずんが
     都へ 都へ 花の都へ
     都へ 都へ 晴れの都へ
     五両 十両 二十両
   うふふ。五両、十両、二十両……

語り手 とこのとき、なにやらどこかで声がする。
声  わ、わしにもその金くれ。
木こり はて、なんじゃ。声がする。
声  わしにもその金くれ。
木こり うんずの声じゃ。確かに。じゃが、姿は見えず。うしろから追いかけてきよるのかいな。はて。はて。
声  ここじゃここじゃ。
木こり どこじゃどこじゃ。
声  ここじゃここ、この糸じゃ。
木こり この糸。あはぁん、糸がしゃべりよる。
声  わしじゃ、わし。うんずじゃ、うんず。
木こり 糸よ。おめえうんずか。
糸うんず そうじゃそうじゃ。糸のうんずじゃ。
木こり こりゃたまげた。どでんした。
糸うんず 糸のわしを売って儲ける金じゃ。わしを売ったならばわしのもの。すなわちわしの金じゃ。
木こり 糸のうんずを売ってもうけた金は、うんずのものか。そりゃそうじゃな。はて。でもなぞして、おめえ糸なんぞに。
糸うんず そ、それはいわれねえ。
木こり おらだけにいってみろ。
糸うんず 他でもねえ、おまえだけにはいわれねえ。
木こり 水くさいのう。
糸うんず (独り言)おまえのかかに夜這いをかけたなぞ、死んでもいわれねえ。ありゃ、わしゃもう死んどるのかな。(木こりに)そんなことより、おまえのかかはありゃ恐ろしいぞ。かかには気をつけろ。ええな。おまえのかかは……おまえのかかは……
木こり おらのかかがなんじゃ。
糸うんず ……。
木こり おい。おい。なんもいわんようになった。ややっ。うんずの糸がとけてもた。ありゃりゃ。ふむむ。こりゃ……

語り手 糸となり果て、消えたうんずの言葉が気になって、木こりはうちへ取って返した。
木こり かかよ。かかよ。おらんのか。おい。小屋にへえってもええかよ。かかよ。

語り手 木こりは思いきって小屋に入った。
木こり わっ。なんじゃこりゃ。くもの巣でねっか。わっ、わっ(蜘蛛の巣が身体にまとわりつく)。……なんじゃこりゃ。ぐるぐると糸に巻かれて。このおっ きなもんは。人の形して。ややっ。なんじゃっ。糸のかたまりのすき間から。けぇっ。ひ、人の手でねえかっ。わらしの手でねえか。こっちも。こりゃ足じゃ。 (糸の塊のぞく)これ、巻かれとるのは、人でねえかよ。

   ト突然、木こり、女にうしろから首を絞められる。

木こり ——っ。
女  見ぃたぁなぁっ。
木こり ああっ——。
女  あれほど見てはならんといったのにっ。
木こり はがっ。はががっ。
女  見てはならんとっ。
木こり ああっ。あっっ。(女の手を振り払う)
語り手 木こりがなんとか女の手を振り払い、振り返って見ると、そこにいたのは女房ではなく、腹の模様もおどろおどろしい山蜘蛛の姿っ。
山蜘蛛 見ぃたぁなぁっ。
木こり ひえぇぇっ。
語り手 木こりは一散に逃げ出したっ。
山蜘蛛 待てえぇぇっ。
木こり 助けてくれぇっ。

   木こりは舞台を縦に横に、上に下に、斜めにはすに、逃げる逃げる。
   山蜘蛛はその木こりの後を追う追う追う。ときに勢いあまって追い越したり。

語り手 (木こりは)逃げる逃げる。駆ける駆ける。かけるかける。にげるにげる。逃げる駆ける。駆ける逃げる。かけるにげる。にげるかける。しかしその後を八本足の山蜘蛛が、追いかけてくるっ。
山蜘蛛 待てえぇっ。
木こり ひええぇっっ。
語り手 木こりはとうとう力尽き、山崖の端に追い詰められた。
木こり ああっ(よろついてこける)。
語り手 ついに山蜘蛛に……
山蜘蛛 きぃーーーっ。
木こり ひえぇぇぇっっ。
語り手 が、しかし——
山蜘蛛 ——ああっ。あああっ。(追い詰めるが、踏みとどまる)ああ、ああっ、あああっ。(身もねじ切れるほど身悶える)
木こり ——なした。なぞした。
山蜘蛛 ああっ、いとしいいとしいあんたっ。ああっ。あの味が忘れられん。人の味が。あんたを食いたくて食いたくて。
木こり お、おらを。
山蜘蛛 のどが鳴る。頭がくらくらする。あんたを糸に絡め、柔らかく腐ってゆく肉汁をずるずると吸うてあげたい。ずるずるずるずると。ああっ、ねじ切れるこの身がっ。
木こり なしておまえ、おらを。なして、おらのとこさ来た。
山蜘蛛 なして。覚えてないの。あの日、あのとき、わらしどもにいじめられていたあたしをあんたは助けてくれた。やさしく手に包み逃がしてくれた。気持ち悪いと憎まれ、みなから嫌われいじめられていたこのあたしを。
木こり あっ、ああっ、じゃ、おまえあんときの……
山蜘蛛 ああっ、いとしいいとしいあんた。一番食いたいのはあんたさ。あんたなのっ。あんたを食いたい。身もねじ切れるほど。身もねじ裂けるほど。でも——でも——
木こり なして食わん。なして我慢する。
山蜘蛛 わからないのあんたっ。わからないの、あたしの気持ちがっ。ああ、いっそ殺してっ。あんたの手で殺してくろっ。殺してくろっ。殺してくろっ。
木こり ……なしておらが。おらがおまえ殺せようかい。
山蜘蛛 ——なぜ。なぜ。
木こり おまえはおらのかかじゃもの。
山蜘蛛 ああっ。
木こり おらは……おまえ——いとおしい。
山蜘蛛 ああっ。ほんとにほんとに。
木こり ああ、ほんとにほんとにおらは、いと……おしい。ほんとにほんとに、いとおしい。
山蜘蛛 その一言で、その一言だけで——あたしは救われた。救われた。あたしもあんたがいとしいよぅっ。
語り手 山蜘蛛はその身を自分の糸でずらんずらんと巻き始めた。
木こり な、なぞするっ。
山蜘蛛 あんたを食わぬように。あんたを食ってしまわぬように。
木こり ああっ、美しい糸だで。見たこともねえ美しい糸だで。この世の物とも思われねえっ。
山蜘蛛 あんたを食って……しまわぬ……よう……に——
木こり あ、あぶねえ。うしろっ。崖が。
山蜘蛛 ああっ。いとしいいとしいあんたっ。あんたぁっっ〜〜……

   山蜘蛛、糸に巻かれた身体ごと崖から転げ落ちる。

木こり ああっ。ああっ。かかよっ。かかよっ。いとおしい。いと、おしい。ああっ、その糸もったいねえ。おら、おめえ、いと……おしい……。あああ。おおお。…………(泣く)

語り手 木こりはがっくり気落ちした。見る間に白髪になり、はげ頭のじいさまになってしまった(木こりの自身のようにぐったりと年を取る)。まるでなにかに生気を吸われたかのごとく……。
   もちろん村にもおられんじゃった。
   木こりのじいさまは旅に出て、いつか行方知れずになったそうじゃ。
   残された木こりの家では、糸にくるまれたたくさんの小さな骨が、こんからこんから音を立てとったそうじゃ……。

   遠く、こんからこんからと骨の音が…………

語り手 さて、最後のお話はがらっと趣を変えまして。男が動物、女が人間の嫁の場合をご覧いただきましょう。人間の嫁ってのも変ですがね。



   (三の話)

語り手 むかしむかしがあったげな。ある村に長者どんがおりんさった。
長者 困った。困った。
語り手 この村の長者です。
長者 困ったのう。
語り手 なにがそんなに困っているのか。
長者 さっぱり雨が降らん。ひと月、ふた月……ん〜、このままでは稲が赤枯れてしまう。村の田という田が、いやいや、わしとこの千人刈りの千刈り田が枯れてしまうぞ。
語り手 長者なのに、自分の田んぼの心配ばかり。いえ、長者だからこそなのか。
長者 ん〜、困った困った。

語り手 と、ある日のこと、長者どんはなにかに誘われるように、ふらふらとぼとぼ裏山に入っていった。
   となんと、裏山の奥の奥に満々と水を湛えた沼を見つけた。
長者 こ、これは水を満々と。どこもかしこも水涸れじゃというのに。不思議こつじゃ。

語り手 溺れる者は藁をもつかむ。日照り困りの長者は沼の主にもすがる……というわけで……
長者 どうか沼の主さま。沼の主さま。この水をうちの田んぼに、千刈り田に分けてくりょ。分けてくれたなら……分けてくれたなら……ん〜、はて、どうしよ う。ええい、こうなりゃ破れかぶれ、背に腹は代えられぬ、とんからりのすっぽこりんじゃ。もし水を分けてくれたならば、わしの三人の娘のうちの一人を沼の 主さまの嫁こに差し上げましょう。どうか。どうか。ほにゃほにゃほにゃにゃぁあ(お祈りを捧げる)。
語り手 すると、長者どんの願いに応えるかのように、なにやら生あったかい風が沼から吹き渡ってきた。
長者 ぶるるっ。……はてさて、どうじゃろのう。

語り手 さて、次の朝。
長者 なんじゃ。きょうも日照りじゃ。ぴーかんからりとお天道さまが元気じゃわい。
語り手 しかしもしやと、田んぼに出てみて驚いた。どの田んぼにも満々と水が湛えられておるではないか。稲は黄金に息吹き返し、村人の顔にも笑みが落ち穂のようにこぼれておる。もちろん長者どんの千刈り田にも水が満ち、稲さやさやと風になびいておる。
長者 あはは。願いが届いたわい。
語り手 しかし心配なのは、娘の一人を嫁にやると言うた約束。きょうにもあすにも沼の主からなにか言うてくるかと心配しておったが、梨のつぶて。二日三日、十日二十日経つうちに、長者どんは沼の主との約束をすっかり忘れてしもうた。
   その秋は大変な豊作であったげな。村中浮かれて、豊作を祝う秋祭り。飲めや歌えの大騒ぎ。
長者 ほりゃほりゃ、さっさ。どっこいどっこい、さっさ。ははは。踊れ踊れ皆の衆。ほりゃほりゃ、さっさ。どっこいどっこい、さっさ。
語り手 長者も下百姓もない、無礼講のどんちき騒ぎ。
長者 ははは。ほほほ。ほりゃほりゃ、さっさ。どっこいどっこい、さっさ。

語り手 とこのとき、長者のうしろで野太いどろがら声がする。
声  約束忘れるなよ、長者。祭りが終わったら、わしに嫁こさ寄越せよ。
語り手 長者どんが振り返ると、そこにはだれもおらん。するとまたうしろで声。
声  嫁こ寄越さねば、地ゆれ起こして、千刈り田割ってしまうぞ。ええな。
長者 ああ、沼の主さまっ。沼の主さまっ。ああっ……。
語り手 ばたりと倒れた長者どん。すぐに屋敷へと運び込まれた。

長者 ああ、困った困った……。
語り手 弱り切った長者どんは、祭りの日以来床について寝込んでしもうた。
長者 うちには三人、娘がおるとはいえ、沼の主の嫁になる者はおらんじゃろのう。かというて約束を破れば、沼の主が怒ってなにをしでかすやら。うちの千刈り田が本当に割られて台無しになってしまうかもしれん。困った。困ったのう。

語り手 とそこへ心配してやってきたのは一のあねま。
一のあねま (細い声)ととさま。なにをため息をついていなさる。寝てばかりでは身体に毒じゃ。まま召し上がって、元気出してくろ。うちはととさまの元気な顔を見るのがなによりなんじゃから。ととさまのためなら、うちはなんでもするわいな。
長者 そ、そうか。実はのう、田に水を分けてもらうために、裏山の沼の主に娘を一人嫁こにやると約束してしもうたんじゃ。それで、おまえ、わしを助けると思うて沼の主の嫁こに……
一のあねま えぇっ。うちはいやじゃ。死んでもいやじゃ。ととさまが死んでも、うちはいやじゃ。(駆け去る)
長者 お、おまえさっきは、わしのためならなんでもと……はぁぁ……。(また寝込む)

語り手 とそこへ現れたのは、二のあねま。
二のあねま (太い声)ととさま、なんぞ塩梅が悪いのか。はよ起きてまま召し上がれ。うちはととさまが心配じゃ。
長者 じ、実はのう……かくかくしかじか……
二のあねま えぇっ。沼の主というたら大へびか大がえるじゃなかか。うぅっ気色悪っ。うちはへびの嫁さんなどなりとうない。なりとうない。ととさまのあほたりんっ。(駆け去る)
長者 じゃが、田が駄目に、うちの千刈り田が……。はぁぁ……。(また寝込む)

語り手 とそこへ父の心配をして現れたのが末娘のよてこ。
よてこ ととさま。どしたの。まま召し上がれ。
長者 おお、おまえか。よてこか。
よてこ まま食えば力つくぞぃ。力つけば元気出るぞぃ。元気出ればたいていのことうまくゆくわいな。なあ、なにか心配事あるなら、うちに話してくりょ。
長者 じ、実はのう……かくかくしかじか、しかじかかくかく……
よてこ なんじゃ、そんなことで寝込んでおったのか。けらけらけら(というようによく笑う)。心配いらん。ととさまのためじゃもの。うちが沼の主の嫁こになってやるわいな。けらけらけら。けらけらけら。
長者 よてこ……っ。
よてこ けらけらけら。

語り手 長者は早速七棹の箪笥に七長持ちの嫁入り道具をよてこに持たせ、沼へ嫁こにやった。
長者 つらくなったら、いつでも戻ってこいよぅ。じゃがな、なにがあっても辛抱せいよぅ。
よてこ はい。けらけらけら。
長者 それから……、そうじゃそれそれ。
よてこ なに。けらけらけら。
長者 その笑いじゃ。下手に笑って沼の主を怒らしちゃならん。ええな。笑うちゃならんぞ。地ゆれ起こして千刈り田を割ってしまうというておったぞ。ええな。
よてこ けらけらけら。笑うちゃいかんのじゃな。けらけらけら。けらけらけら。
長者 ええな、ええな。頼んだぞ。達者で暮らせよぅ。

語り手 長者の心配をよそに、嫁このよてこが沼にやってきた。
よてこ おぉい、おぉい、沼の主よぅ。うちが嫁こだ。嫁このよてこだ。嫁こがやってきたぞぅ。けらけらけら。
声  お、おぬしがわしの嫁こか。わ、わしが沼の主じゃ。
語り手 と現れたのは……なんだと思います? へび? 大がえる? いえいえ、この沼の主、実は大なまず。
なまず な、なななまずぅっ。(なまず登場…両手でなまずひげのマイム表現)
よてこ ひゃっ。なまずっ。大なまずじゃ。
なまず そうじゃ、なまずじゃ。
よてこ けらけらけら。
なまず な、なにを笑う。
よてこ なんも。けらけらけら。けらけらけらけら。
なまず ……おお、それじゃ。それそれ。ななななな(なまずの笑い)。
よてこ な、なに?
なまず それそれ。その笑い。その笑い……
よてこ (独り言)は。笑うてはいかんのじゃった。がまんがまん。
なまず どうした。
よてこ なんも。(笑いたいのを我慢する)
なまず ……ふむ。まあええ。さ、さ。嫁こよ。わしの嫁こよ。沼の御殿へ。
よてこ でも、あれを。
なまず なんじゃ。
よてこ 七棹の箪笥に七長持ちの嫁入り道具。
なまず ああ、あんな物いらぬわ。竜宮とはいわんが、沼の御殿に嫁入り道具はそろえてある。さ。(よてこの手を取る)
よてこ あぁっ。(電気がびりっとくる)
なまず なんじゃ、どうした。
よてこ び、びりっと。まるで雷さまのように。
なまず な。な。な。(笑い) わしの身体のなかに小さな雷さまがおるのじゃ。
よてこ 雷さま。
なまず そうじゃ。それで目に見えん火も熾せば、地ゆれも起こす。
よてこ 地ゆれも……
なまず 怖がることはない。実はのう、わしは前からおぬしを知っとるのじゃ。
よてこ うちを。なして。
なまず 春の初め、桃の花咲くころ、小鳥のちゅんからちゅんから鳴く昼時分に、この山の奥へ遊びにきて、沼をのぞいておったじゃろう。
よてこ あ、ああ。ふみふみ踏み迷い、ひとり遊んでおった。
なまず そのときわしはぽかんと昼寝をしておった。ええ具合に夢を見ておったら、けらけらと笑う声がする。はて、たぬきかきつねか、なにが笑うておるのだ ろうとふと沼の表を見上げた。すると、めんこい娘っこが、髪に花のかんざし挿してわしに向かってけらけら笑いかけておる。こりゃ、かみさんじゃ。天のかみ さんがわしになにやら微笑みかけちょるのじゃと……
よてこ けらけらけ……(慌てて笑いを抑えて)あ、あれは、稽古じゃ。
なまず 稽古。なんの稽古じゃ。
よてこ 娘っこならだれでもやる……
なまず 娘っこならだれでもやる……
よてこ (照れて)いつかいとしい人と出会うときのための、いとしい人のための……んふ。んふ。んふ。(にかっと媚を売ったかわいげな笑みを作る)
なまず いとしい人のための……
よてこ な、なんでもないなんでもない。(恥ずかしい)
なまず なんじゃそれは。いとしい人のためのとは…… 
よてこ 知らん。知らん。
なまず え。え。
よてこ 知らん。知らん。
なまず え。え。え。え。
よてこ うるさいのう。しつこいのう。
なまず ええから教えてくれ。知りたいのじゃ。おぬしのことをわしは。
よてこ うるさい。しつこい。ひげなまず。
なまず な、なにっ。ひげなまずっっ。
よてこ (独り言)はっ。沼の主を怒らしたらいかんのじゃった。(なまずに)ごめんなさいっ。かんにんしてくりょ。
なまず ふむ……。なにやらようわからんが。いいとうなければ、いわんでもええ。さ、ゆこう。
よてこ はい……。(独り言)がまんがまん。……。

語り手 ふたりはそっと沼の底のそのまた底へ……。
   さてさて、それから三日、十日、三週間、ひと月、ふた月、あっという間にみ月が経った。ある夜のこと、沼の奥のなまず御殿ではこんな会話が……
なまず ……なあ、嫁こよ。なぜ、笑うてくれぬ。なぜ添い寝をしてくれぬ。
よてこ ……。
なまず 嫁いできたその日に、けらけらと笑うてくれただけ。あの夜にたった一度添い寝をして結ばれただけ。
よてこ ……。(口元を押さえている…笑いを抑えたときの格好そのままで…それが癖になっている)
なまず わしはおぬしとのやや子がほしいのに。なぜ結ばれぬ。なぜ添い寝せぬ。
よてこ ……きらいじゃ。
なまず な、なにが。なにがきらいじゃ。
よてこ ひげ。
なまず ひげ。
よてこ 気持ち悪いひげが。こそばゆい。びりっとくるし、ぬるっとする。
なまず びりっとぬるっと。
よてこ そ。びりっとぬるっと。まずひげをそってくろ。それが無理なら——結んでくろ。
なまず 結べ、ひげを。
よてこ そ。結べば、……結ばれまする。
なまず 結べば結ばれる。ふむむ。
よてこ さあ。
なまず ふむむ。
よてこ さあさあ。
なまず ふむむむむ。
よてこ さあ、どする。
なまず いやいややや。これはなかなか結ばれぬ。
よてこ なして。
なまず なしてといって、なまずがひげを結べばなまずではない。
よてこ じゃ、なに。
なまず なまずがひげを結べば、なまこや山椒魚とかわりない。
よてこ けらけ……(口抑える)……結べば結ばれまする。
なまず しかし。
よてこ なまこでもええではなかか。うちはなまこ、大好きっ。
なまず わしが、なまこ。この沼の主のわしが、なまこ。
よてこ なまこの方がましかもな。なまずより。
なまず な、なにをっっ。なまずを馬鹿にするかっ。(怒り、ぶるぶると震えそうになる)
よてこ ああっ、ふるえてはならん。ふるえては。ぶるともふるえては。うちが、うちが——いとしいなら。
なまず うっ、ううっ。
よてこ いとしいと思うなら……
なまず うっ、うむ……。うむ。わしはおぬしが……いとおしい。
よてこ ふぅっ。……。
なまず ……。
よてこ 結べば結ばれまする。結べば、好きなだけ……好きなだけうちのことを……。ね。
なまず 好きなだけ、お、おぬしのことを。……よし、結べ。しかしひと時じゃぞ。ほんのひと時。おぬしと結ばれる……ほんのひと時……
よてこ はいはい。
なまず あ。待て待て。心の備えが……

   よてこ、なまずのひげをさっさと結ぶ。(なまずのひげに見立てた演者の両手を顔のひげの位置で堅く結び合わす)

なまず お。お。これはなんじゃ。このような。かたい。お。お。
よてこ けらけらけら。
なまず ほ、ほどいてくれ。
よてこ けらけらけら。
なまず お。お。これはなんとも。
よてこ これは旅の法師さまに習うた要石というめったにない結び方じゃ。一人では絶対にとけん。
なまず ほどいてくれ。ほどいてくれ。
よてこ このひと時を待ってたわいな。ひげを結べばただのなまこじゃの。
なまず なまこではないっ。
よてこ なまこ、なまこ。(なまずを押し回す)
なまず ああっ、ああっ。(押された弾みでぐるぐる回る)
よてこ なまこ。なまこ。
なまず (ぐるぐる)なにをする。なにをする。ほ、ほどいてくれっ。ほどいてくれっ。
よてこ けらけらけら。けらけらけら。
なまず ——あ。あ。笑うた笑うたっ。嫁こが笑うたっ。わしの嫁こが。なななな。
よてこ けらけらけらけら。
なまず 笑うた笑うた。笑うた笑うた。なふふふ。そうか。これがおもろいか。これが。(困りつつもおどけて)ほどいてくれぇ。ほどいてくれぇ。ほどいてくれぇ。ほどいてくれぇ。
よてこ けらけらけら。けらけらけらけら。(笑いながら逃げていく)
なまず ほどいてくれぇ。ほどいてくれぇ。あ。あ。嫁こよ。よてこよ。どこへゆく。わしの嫁こよ。待っておるぞわしは。ぶるとも震えず、待っておるぞぉっ。
声よてこ けらけらけらけら……
なまず ほどいてくれぇぇぇ。
声よてこ けらけらけらけら……けらけらけら……(笑い声が遠ざかっていく)

語り手 さてさて、よてこは飛ぶように長者の屋敷へ戻ってきた。
よてこ ととさま。ととさま。うちじゃ。うちじゃ。けらけらけら。
長者 おお。おお。よう帰ってきた。よう帰ってきた。無事か。無事か。
よてこ はい。はい。
長者 ああ、よかった。よかったのう。じゃが、沼の主は……
よてこ 大丈夫じゃ。沼の主は。あの大なまずは。
長者 な、なまずか。沼の主は。はっ。さぞまぬけな面付きなのじゃろうのう。
よてこ ととさまとは……似ても似つかぬ。けらけらけら。
長者 はは。そうじゃろそうじゃろ。で、そのなまずは。どうした。なした。
よてこ うまいこといいくるめて、ひげを結んでしもうたわいな。
長者 ひげを結んで。なまずのひげを。はは。こりゃええわ。なまずのひげをな。ははっははは。
よてこ 要石というかたいかたい結び方で。けらけらけら。
長者 たいしたもんじゃ。ん。なまずのひげをな。ひげを結べば地ゆれも起こらぬわ。ははは。
よてこ はい。
長者 ようやった。ようやった。よう戻ってきたの。
よてこ ととさま。
長者 ん。(トよてこの手を取る)あぁっ。(びりっとくる)
よてこ なした、ととさま。
長者 いや、なんでも。(独り言)ああ、おかしな事。手を握ったらびりっときた。まさか……そのような……

   短い間。

よてこ ふぅっ……
長者 なぞした。
よてこ なんだかひどく疲れたわいな。けらけら……
長者 そうじゃろそうじゃろ。
よてこ 部屋であんじょう休んでくる。
長者 あ、いや、その……
よてこ なしたの。
長者 そのなんじゃ、おまえの部屋なんじゃが……
よてこ はい。
長者 その……、ないんじゃ。
よてこ ない。
長者 実はのう、おまえの部屋は日当たりがええからと、一のあねまが部屋替えしたんじゃ。
よてこ はぁ。一のあねまが。では、一のあねまの部屋に。
長者 いや、それが、
よてこ はい。
長者 一のあねまの部屋は、二のあねまがおのれの部屋にしてしもうた。
よてこ はぁ。二のあねまが。では、二のあねまの……
長者 いや、あそこは物置にしてしもうたんじゃ。
よてこ はぁ。
長者 すまんのぅ。
よてこ いえ。けろけろ……。では風呂なりと。沼の垢を落としてくるわいな。
長者 そうせい。そうせい。疲れをいやせ。その間に寝間の用意をしとこう。
よてこ では。ととさま。

   よてこ、風呂場へゆく。

長者 ふむ。はて。これはどうしたものか……
語り手 とそこへ現れたのは一のあねま。
一のあねま ととさま。
長者 なんじゃ。
一のあねま 実はお話が。
長者 わしも話があったのじゃ。ええところへ来た。
一のあねま ととさまから。
長者 実は、あの子のことじゃ。よてこの。沼から戻った……
一のあねま うちもその話で。うちはよてことは一緒には暮らせませぬ。一度沼の主に嫁いだ身なれば、とてもこの家(や)には。
長者 ふむ。
一のあねま それもなまずというではありませぬか。世間体がそれをゆるしませぬ。
長者 ふむ。ふむむ。
一のあねま 第一、怖気(おぞけ)が走りまする。
長者 ふむむむ。
一のあねま この家(や)がけがれまする。
長者 ふむむむ。
一のあねま どうか。ととさま。どうか。笑われんうちに。おかしな目で見られんうちに。
長者 まあ、待て待て。よう考えてみて……

   長い間。長者、いろんな顔付きで思案する。

長者 ふむ。しかし、長い風呂じゃのう。半刻(はんとき)。いや一刻(いっとき)は経っておる。いつまで入っておる気か。
一のあねま 見てくるわいな。

   一のあねま、去る。

長者 ふむ。どうするか……。ふむ。ふむむ……
声一のあねま ととさまっ。ととさまっ。
長者 なんじゃ。
声一のあねま あの子、風呂の底に。風呂の底にもぐって……
長者 なに。風呂の底に。
声一のあねま まるでなまずのようにっ……
長者 なにっ。なまずっ……。

   よてこ、来る。

よてこ けらけら。ええお湯だったわいな。沼の疲れがとれたわい。……なした。ととさま。
長者 お。お。おまえ……
よてこ なしたの。(ひげのマイム)
長者 ひ、ひ、ひげが生えとるっ。
よてこ ひげっ。
長者 ひげがっ。
よてこ こ、これは。うぶ毛が濃くなっただけじゃ。
長者 ……出てけ。出てけ化け物。
よてこ 化け物。
長者 出てけっ。
よてこ ととさま、なんてひどいいいようじゃ。ただひげが生えただけなのにっ。
長者 出てけっ。出てけっ。
よてこ なしてっ。なしてっ。なしてかっっ。(かっとして地団駄ふむ)
長者 ああっ。あああっ。(足元が揺れふらつく)地ゆれじゃ。地ゆれじゃ。
よてこ ええっ。(足踏み鳴らすのをやめる)
長者 ああっ、ああっ。……おまえなまずにっ。なまずにっ。
よてこ ——うそ。うそよっ。
長者 ああ。あああ。(首を横に振る)
よてこ うそよっ。
長者 あああ。ああああ。(嘆く)
よてこ ああっ。ああっ。うそよっ。うそよっ。(怒り震えてしまう自分が怖くて…走り去る)
長者 よ、よいか。よてこっ。泣いてはならぬぞ。泣いては。ぶるともふるえては。ぶるとも。よてこっ。よてこっ。田が……田が、割れてしまうぞ……

語り手 なまずとなり、ひとり家を飛び出たよてこ。そのよてこに行く当てなどどこにもなかった。そう、沼の底のなまず御殿の他に……
よてこ (泣き伏せている)うっううっ……

   なまず、出てくる。ひげは結ばれたまま……

なまず ……嫁こよ。
よてこ ……。(泣いている)
なまず よてこよ。
よてこ ほっといてくろっ。(泣く)

   間。

なまず のう。

   間。

なまず ……ぶるとも震えず待っておったぞ。おぬしのことを。

   間。

なまず のう。

   間。

よてこ (突然)うちを、うちをここに置いてくろっ。うちをあんたさまの本当の嫁こにしてくりょ。お願いするわいな。この通り。

   静寂。

なまず 本当の嫁こにしてくれとは、……それは……あきらめか。
よてこ ……。
なまず ゆく所がないからか。
よてこ ……。
なまず わしをいとしいと思う気持ちは……
よてこ ……。
なまず 馬鹿ではないぞわしは。ようわかっておる……。
よてこ ……。
なまず ぶるとも震えず待っておったのに。ぶるとも震えず……。
よてこ ……。
なまず せめて笑うてくれ。せめてせめて。おぬしの笑顔が好きなんじゃ。
よてこ ううっ——。(泣く)

   静寂。

なまず ……(おどけて踊る…心で泣いて)ほどいてくれぇ。ほどいてくれぇ。笑うてくれぇ。笑うてくれぇ。
よてこ あっ。
なまず ほどいてくれぇ。ほどいてくれぇ。笑うてくれぇ。笑うてくれぇ。…………
よてこ ああっ。ああっ。(なまずの痛みが伝わってくる)
なまず ほどいてくれぇ。ほどいてくれぇ。笑うてくれぇ。笑うてくれぇ。…………
よてこ うちのために。うちのために——
なまず ほどいてくれぇ。笑うてくれぇ。ほどいてくれぇ。笑うてくれぇ。…………
よてこ けら……けらけら。(かすかに泣き笑う)
なまず (気づいて)ななな。(さらに一層)ほれ。ほどいてくれぇ。笑うてくれぇ。ほどいてくれぇ。笑うてくれぇ。
よてこ けらけら。けらけらけら。
なまず ななな。笑うた笑うた。わしの嫁こが。笑うたぞ。な。な。な。
よてこ けらけらけら。けらけらけらけら。けらけらけらけら……。(泣き笑う)
なまず (自分も泣き笑いつつ)ほどいてくれぇっ。ほどいてくれぇっ。笑うてくれぇっ。笑うてくれぇっ。笑うてくれぇっ。笑うてくれぇっ。ほどいてくれぇっ。ほどいてくれぇっ。
よてこ もう——よいわいな。もうっ。
なまず な、なして。もう飽きたか。いやになったか。
よてこ いんえ。いんえ。よう、わかったから、よう。あんたの気持ちのへでせつねえのが。がちゃせつねえのが。うちの気持ちとおんなじなのが。
なまず な。な。わしの気持ちと——おんなじなのが。
よてこ うんっ。うんっ。うううっ……。(泣き笑い崩れる)

   間。

なまず な。嫁こよ。よてこよ。いとしい気持ちを……一から育てられまいか。いとしさを一から育てることはできまいか。のう。
よてこ ……。
なまず ちがうもの同士、わかり合えんもんか。結ばれんもんかな。芯からめおとになれんもんかなぁ。

   間。

よてこ ……ゆっくら、ゆっくらとなら。
なまず ゆっくら。そうか。ゆっくらと……な。
よてこ ゆっくら。ゆっくらと。

   よてこ、ゆっくりとなまずのひげをほどく。

なまず ——ああっ。ああっ。ゆっくらゆっくらと。
よてこ ゆっくらゆっくらと。けらけら。
なまず なななな(笑う)。……な。
よてこ な。

   なまず、よてことひげを(手と手を)結び合わせようとする……

なまず ななっ。(びりっとくる。驚いてよてこの顔を見るが…)
よてこ けろけろけろ。(ひげマイム)
なまず ななななな。(笑う)
よてこ けろけろけろ。

   ふたり、微笑み、見つめ合う。

なまず な。
よてこ な。

   なまず、またよてこの手を握り直す。

ふたり な。

   ふたりで沼の底へ消えてゆく。

語り手 二人はゆっくら沼の底へ。…………
   それからよてこの姿を見たもんはおらんかったそうじゃ。ときおりたまに、沼の近くにきたもんがよてこの笑い声を聞いたそうなが。けらけらという笑い声を。芯からうれしそうな笑い声を。でも、その笑い声を聞いたもんは、高い熱を出してすぐ死んでしもうたそうな。
   んでもな、日照りのときにゃ、沼の主に頼めば、いつでも水を分けてくれたということじゃ。
   きょうも村の田という田に、満々と水が湛えられとる。あは。うれしいことじゃのう。ふふ。幸せなことじゃのう。

よてこの笑い声 けらけらけら。けらけらけらけら。…………
なまずの笑い声 ななななな。…………

語り手 とっぴんぱらぱら、とっぴんぱらぱら、とっぴんぱらりの、ぷぅっ。

             (おしまい)






【参考文献】
「松谷みよ子の本」第8巻昔話全1冊
         第9巻伝説・神話全1冊
           (松谷みよ子/講談社)
「木下順二集」1巻・3巻・11巻(木下順二/岩波書店)
「うたよみざる」川村光夫戯曲集(川村光夫/晩成書房)
「キツネとタヌキの大研究」(木暮正夫/PHP研究所)
「クモの一生」(千国安之輔/偕成社)
「クモのひみつ」(栗林慧/おかね書房)
「鯰—イメージとその素顔—」(川那部浩哉監修/八坂書房)